蒼井そらロール、藤原紀香ロールetc.日本の寿司が海外で“魔改造”される意外な理由
海外で寿司の「魔改造」が止まらない。筆者は現在、フランスに住んでいるが、クレープ状にアレンジされた“寿司っぽい何か”が人気となっており、SNSをにぎわせている。その店のすぐ近くにはBENTO(弁当)の店が新規オープンするなど、十数年前の大学時代に訪れたときは少なかった日本食レストランを、今では目にすることが増えた。
農林水産省の調査(2025年)によれば、海外の日本食レストランは約18万店にのぼる。そのなかには寿司屋も含まれるが、どの店でも我々がイメージする“寿司”が提供されるわけではない。かろうじて寿司の原型をとどめているものや、もはや寿司と呼べないようなものもある。
なぜ、寿司は海外で魔改造されてしまうのか。寿司のグローバル化の研究をしている、中部大学人文学部メディア情報社会学科の王昊凡氏に話を聞いた。
——寿司が海外で食べられるようになったのはいつからですか?
王氏(以下、同):アメリカで寿司が流行りはじめてきた、1970年代からです。
ただ、当時の寿司職人はいまのような「寿司は誇るべき日本文化だ」という認識はうすく、「こういうものを作って欲しい」とお客さんからリクエストがあったものを、素直に作っていました。「ちゃんとしたものを握ろう」という意識はなかった。
実は一番はじめに、魔改造の筆頭とされるカリフォルニアロールなどの「ロール寿司」を作ったのは、日本人です。
——外国人ではないのですね。
もちろんそれを広げていったのは、移民や現地の人たちでした。ただ、現地の味覚へ適応させるために、どうしても手を加える必要があったんです。
もうひとつ大きな理由は、食材の制約です。海外では日本で寿司に使われている鮮魚が手に入らないし、手に入ったとしても種類が少ない。寿司は生で食べるものだし、魚の種類でメニューが決まる。チャーハンのように、現地にある食材を入れて作るわけにいきません。
だから、たとえばサーモンしか手に入らないけど、メニューは増やさなきゃいけない。そうすると、ロール寿司にしてメニューを増やすことになるんです。 新鮮なサーモンが手に入りにくいから炙りマヨサーモンにしたり、マグロのレインボーロールが生まれたり。生魚を使わない、フォアグラの握り寿司や、あさりの甘辛煮などもあります。
このように、1980年代から1990年代にかけて、どんどん魔改造が進んでいきました。
——今は冷凍や流通の技術が発達して、鮮魚が手に入りやすくなったのではないですか?
手に入ったとしても、まずは職人のスキルの問題があります。海外の寿司職人は、だいたい田舎の中学を出て、1年くらい寿司屋で修行を積んで、そのあと自分の店を持つことが多い。日本のように長い修業を積んだ職人ばかりではないので、見慣れない魚が入ってきても寿司ネタとしてさばくことができないんです。
あと、流通のルートも安定していない。東京には豊洲市場があるから安定して魚を仕入れることができますが、海外には同じようなシステムはありません。
ただ、技術が発達したことによって、変化は起きています。香港では昔は全て日本から鮮魚を輸入していたのが、今では遠い他の国からも仕入れることができるようになりました。

パリで話題のシーロール寿司、一番人気の「サクサクロール」。底を押して、上ににょきっと出てきた部分を食べる(写真:筆者撮影)
魔改造をはじめたのは「アメリカにいた日本人の寿司職人」

上海の寿司屋。王氏いわく「価格帯は比較的安めの店舗」とのこと。写真提供:王氏(以下、同)
ライター、作家。主に金融や恋愛について執筆。メガバンク法人営業・経済メディアで働いた経験から、金融女子の観点で記事を寄稿。趣味はサウナ。X(旧Twitter):@yel_ranunculus、note:@happymother
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