「仕事がなければ自分で作る」石毛宏典が「従来のプロ野球OB」と全く違う道を進むワケ「想定より収入が少ない事態に、妻は…」
1980年代から90年代にかけ、圧倒的な強さでプロ野球界を席捲した黄金期の西武ライオンズ。常勝軍団を類まれなリーダーシップで牽引したのが石毛宏典だ。
引退後は、自ら仕事を生み出し、日本初の独立リーグ「四国アイランドリーグ」を創設。現在は沖縄で、次世代の才能を育てるスポーツアカデミーの設立に奔走している。
70歳を目前にしたいまも新たな挑戦を続ける一方で、その道のりには経営者としての現実や家族への責任もある。なぜ石毛は、そうまでして新たな仕事を生み出し、人のために動き続けるのか。その原動力と、これからの人生を見据えた胸中に迫った。

石毛の原動力の裏には、野球界への恩返しと、次世代の才能を育てたいという思い、そして経営者としての現実との葛藤があった。
「自分は、経験してきたことしか話せないんです。作文ができるタイプではないので」
石毛は、自身の講演会などでリーダー論や組織論、教育論について語る機会が多い。しかし、本人に「リーダー論を語りたい」「組織論を教えたい」という意識があるわけではない。
「経験してきたことは伝える。それに対して、中間管理職の立場なのか、経営者の立場なのか、それによって受け止め方が違ってくると思うのですが、ある人はリーダー論として受け止めるかもしれませんし、ある人は組織論として受け止めるのかもしれません。あと、人を育成するためには、思いや熱、素直さが必要だと思います」
プロ野球界を中心に数多くの人と接し、組織を率いてきた石毛が、人を成長させるために大切だと考えるものだ。中学、高校、大学の野球部でキャプテンを務め、プロ入り後は黄金期の西武ライオンズでチームリーダーを担った。
「元々リーダーとしての素地があったのか、それとも長い年月の中で培われたものなのかはわかりません。ただ、『石毛さんの語りっていいですよね』とか『なんか感動させてくれますよね』と言われたりします。話術を勉強したつもりは毛頭ないのですが、そういうことを言われると、広岡達朗監督から毎日試合前に1分間のスピーチを課せられていたことを思い出すんです。
あと、スポーツアカデミー設立に関する事業を進める中で、さまざまな企業に行く機会がありますが、その度に事業を説明するためのプレゼンテーションをしていくわけです。そういったものでも鍛えられているのかもしれません」

四国アイランドリーグでコミッショナーを務めていたときの石毛氏
経験してきたことしか話せない
「1分間スピーチ」が土台になっていた
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界を経て起業。「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ・ニュース系メディアで連載企画・編集・取材・執筆に携わる。X(旧Twitter):@buhinton
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