“平成唯一の三冠王”「松中信彦の指導」を王監督に託された石毛宏典。心掛けたのは…「諭すように話し続けた」
1980年代から90年代にかけ、圧倒的な強さでプロ野球界を席捲した黄金期の西武ライオンズ。常勝軍団を類まれなリーダーシップで牽引したのが石毛宏典だ。
今回は理想のキャプテン像をはじめ、ダイエー二軍監督時代に指導した松中信彦とのエピソード、さらには組織が強くあるための条件などを語ってもらった。

チームメイトとのコミュニケーションを重視する。口数は少なくとも、プレーする背中を見せて引っ張るなど、キャプテンにもいろいろなタイプの人間がいる。石毛が理想とするキャプテン像とは何か。
「どちらの要素も必要です。まず、背中で引っ張るのは野球選手として当然です。生活を安定させるためには、レギュラーを張って試合に出て年俸を上げていかなければいけません。要は自分のために頑張っているわけですが、30代中盤のベテランが頑張ると、『チームを引っ張ってくれている』と周囲が過大評価をしてくれたりします。自分のためだろうが、チームのためだろうが、頑張っていればいろいろな見方をしてくれるわけです。
ただ、今の時代の選手はしっかり話さないと伝わらないことが多いと感じます。会話がないと、『キャプテンはこういうことが言いたかったのかな?』と想像するしかなくなりますし、誤解を招きます。コミュニケーションをとることの重要性は、昔よりも高まっていると思います」
石毛はコミュニケーションの重要性を表す事例として、福岡ダイエーホークス二軍監督時代の話を例に挙げる。
「二軍にいる選手全員に、自分の長所と短所を発表させたんです。ある選手が『自分の長所はこれで、短所はこれです』と話した後、その場にいたほとんどの人間が『逆じゃないの?』という反応だったんです。つまり、自分の長所と短所を履き違えているわけです。仮にそのまま放っておけば、短所を長所と思って練習に取り組むことになりますよね。それでは一向に上手くなりません。
プロの世界に入ってくる選手は、それなりにいいものを持っているからプロになれるわけで、最初の1年はあれこれ言わず、本人の自主性に任せてどこまで通用するかを見守る傾向があります。ただ、私はその考え方に対して、『本当にそれでいいのだろうか?』とずっと疑問を抱いていました。『新人選手を一日でも早く一軍の戦力にするのが、自分の仕事なんじゃないのか』と思っていました。そういったことをするためには、選手とのコミュニケーションが必須なんです。
新人選手を野放しにしておくと、勘違いしている選手も多いですし、余計に悪い癖がついてしまって使いものにならなくなる。一度ついてしまった癖を矯正するには、長い時間がかかります」

1998年 ダイエーホークスのキャンプ 石毛二軍監督(写真右)が王監督(写真左)と打ち合わせ ©産経新聞
石毛が思う理想のキャプテンは?
二軍監督時代に「長所と短所を発表させた」
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界を経て起業。「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ・ニュース系メディアで連載企画・編集・取材・執筆に携わる。X(旧Twitter):@buhinton
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