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転勤先の【待機児童問題】で家庭崩壊

待機児童問題が叫ばれて久しいなか、子供を保育園に入れる活動、通称「保活」も激化の一途を辿っている。「なんとか我が子をいい保育園に入れたい……」。そんな思いで各家庭が鎬を削る裏では、壮絶な保活に巻き込まれ、悲惨な目に遭う家族の姿があった!

◆転勤先で待ち受けていた待機児童地獄で家庭崩壊

保活 妊婦の妻を伴って、滋賀県から都内に転勤してきた宮部徹さん(仮名・33歳)。急な転勤命令を受け、早急に新居を決める必要があった。

「仕事の合間を縫って上京し、不動産屋と物件を回りました。妻は社会復帰願望が強かったので、当然、保育園は必要だと思っていたから不動産屋に『この辺の待機児童は多いか?』と聞いたんです。すると、『近所に保育園が多いから大丈夫』と。この返事を鵜呑みにしたのがそもそもの間違いでした」

 実際には、宮部さんが移り住んだのは都内でも有数の保活激戦区。希望した認可保育園は全滅し、唯一空いていたのは、マンションの一室にある認可外保育所だった。

「家からは遠いし、月6万円と費用も高かったけど、認可園に入れるまでは仕方ないかなと思っていた。けど、次第に子供が傷を負って帰宅するようになったんです。というのも、その施設では0歳から5歳までを預かっているのですが、年齢別に部屋を分けたりしていないので、年長のコにいたずらされているようだったのです。これ以上は子供を任せられないと思い、嫌がる妻を説得して、自宅で育児をするようにしました」

 子供の安全が保たれた一方で、奥さんにはストレスフルな生活を強いることになってしまった。

「ただでさえ慣れない都会暮らしだったので、相当無理をしていたのでしょう。数か月たった頃から、次第に妻の様子がおかしくなって……。産後鬱でした。育児を放棄しだして、結局、子供を置いて実家に帰ってしまった」

 相談の末、宮部さん夫妻は離婚することになった。現在はシングルファーザーとして奮闘している。

「皮肉な話なんですが、妻と別れたことで2歳からは認可保育園に入れたんですよ。一人親のケースは役所で評価されるポイントが高いんです。今さら遅いんだよ……とも思いますが、すべて自分の計画性のなさが招いたことですから」

― パパが見た[保活地獄]の阿鼻叫喚【2】 ―




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