リスナー多数決でプロ棋士に挑戦「ニコニコ超将棋会議」観戦記【後編・棋譜データ付】
―[ニコニコ超将棋会議]―
6月22日、東京・千駄ヶ谷の東京将棋会館にて、ニコニコ生放送のリスナーがプロ棋士・西尾明六段に将棋で挑戦するイベント「ニコニコ超将棋会議」が行われた。
このイベントは、コンピュータ将棋ソフト「大合神クジラちゃん」(※1)の開発者・えびふらい氏が企画したもので、放送を観戦するリスナーが専用ツールを用いて指し手を投票し、プロ棋士と対局するというもの。もちろん、リスナーの多数決VSプロ棋士というのは、ほぼ前例のない珍しい企画だ。
※1「大合神クジラちゃん」は「第23回 世界コンピュータ将棋選手権」(https://nikkan-spa.jp/438662)で独創賞を獲得した。
⇒【前編】 https://nikkan-spa.jp/467826
駒がいくつもぶつかり、白熱の中盤戦。そして、リスナー側の攻めを西尾六段が受ける展開で終盤戦を迎える。意外なことに、リスナー側には「イケてるんじゃないか」という空気が漂い始めていた。
この日のニコニコ生放送の来場者数は、平均しておよそ1,000人程度。指し手に参加しているリスナーの数は、えびふらい氏によると50人程度とのこと。筆者も弱いなりに局面を見て、ワンチャンあるかもという状況なのはわかるのだが、ではどう指せばいいのかは皆目見当がつかない。コメントから上がってくる候補手に感心するばかりだ。この50人のなかに、かなり強い人が混じっていたことは間違いないだろう。
ちょうどこのころ、スタッフから、3時のおやつとして西尾六段希望のチョコレートを提供する場面があった。その際に撮影で特別対局室に入った瞬間、筆者はのけぞった。もはや、おやつどころではないオーラのようなものが室内に充満していたのだ。結局、このときのチョコレートは終局まで手付かずであった。
そしてリスナー側から、ものすごい手が飛び出した。75手目の▲3五角だ。大切な大駒の角を△3五同歩とタダで取れる位置に動かしたのだが、もし後手がこの角を取ると、以下▲2二飛車成と金を取って先手が勝ちになるという。もちろん、そうなっても筆者単独で指していたら勝てる気はしないのだが。
プロ同士の対局でもなかなか出てこないような一手が飛び出し、リスナー側は「もしかすると勝てるかも」といろめきだつ。西尾六段の持ち時間は、すでにほとんどなくなっている。何か勝つ手があるはず。ところが、このあたりからリスナー側の意見が割れはじめ、長考が多くなる。
何か勝つ手があるはずと書いたばかりだが、局面自体はまったく簡単ではない。一手間違えれば、リスナー側が詰まされて負ける可能性も十分にある。実際に「それを指すとこっちが詰む」というリスナーのコメントを見て考え直してみたら、10手以上あとに本当に詰んでいたりということもあり、コメントもスタッフも紛糾。
しかし、何か指さなければならない。時間はみるみるなくなっていく(※4)。詰むや詰まざるやのギリギリの局面になって、多数決というシステムの難しさが出た格好だろうか。
※4 投票参加者は「もっともっと」「もう結構です」のコメントで持ち時間の配分も可能になっていた。
「いやあ、でも本当にみなさん強くて。最後ゆるめていただいたかなと(苦笑)」(西尾明六段)
感想戦も踏まえた結果としては、▲3五角から2手あとの77手目▲5三歩の局面が最大のチャンスだったようだ。ここで▲5三歩ではなく、▲5三角成とさらに角を取れと押し売りするように指せば、後手は飛車でこれを取るしかない。しかし、そうなると76手目に△3五同歩と取った形とほぼ同じで、以下は先手の勝ちだったようだ。
角を取られたら勝ちになるとわかって▲3五角を指したはずなのに、なぜ▲5三角成を指せなかったのか。とはいえ、これはあとから考えた結果論だ。多数決の投票システムではあるが、指しているのは人間だ。どうぞ角を取ってくださいという手は、そもそも人間的には指しづらい。実は▲5三角成はリスナーの指し手候補にはあったらしいのだが、実際には▲5三歩が採用されたのだ。
それにしても▲3五角から▲5三角成で勝負を決めていたらカッコよかったのに……などと対局時は考えるヒマもない。大きなチャンスは逃したのだが、まだまだ何があるかわからない難しい局面だ。しかし、猛攻を紙一重でかわし続ける西尾六段のさすがの指し回しに、リスナー側は次第に指す手がなくなってくる。
96手目△3九飛車打で、ついに西尾六段が攻め始める。駒損をしながら攻めたリスナー側には、これを防ぐ手立てがない。投票システムの候補手には「投了」がトップに上がることが多くなってくる。しかし「まだだ、まだ終わらんよ!」「せっかくだから最後まで指そう!」「公式戦じゃないしもうちょっと指しても失礼にはならないだろう」と指し続ける。これも、このイベントならではの風景であった。
時計が17時をまわったところで、リスナーが投了。106手目△4八金まで、「ニコニコ超将棋会議」は、西尾明六段の勝ちで終局した。
多少のトラブルや不手際はあったが、投票システムは最後まで問題なく稼働し、将棋の内容的にも想像以上の熱戦となり、イベントとしては大成功だったのではないだろうか。普段はあまり見ることができない終局直後の感想戦も、たっぷり1時間ほど放送され、リスナー側が考えていた手の善悪をズバリと指摘。コメントも「さすがプロ」「俺たちが考えてたことはすべてお見通しだな」と納得&大満足の雰囲気だった。
ちなみに、このイベントにかかった対局料や、運営の費用は、すべて寄付とボランティアによってまかなわれている。えびふらい氏によると、現在のところ相当に赤字とのこと。寄付の額に応じて、今回の対局の模様を収めたDVDやサイン色紙、サイン本などの特典もあるので、この記事で興味を持たれた方は、今からでも間に合うそうなので寄付をご検討いただきたい。
今回のイベントを取材してみて、リスナー全員と電王戦に登場したコンピュータの対局や、リスナーの手持ちのパソコンを指し手の計算に利用する「大合神クジラちゃん」とアマチュア強豪の対局なども、十分に実現可能なのではないかと感じている。いずれも前例のない、リスナー参加型の将棋放送の試みとして面白い対局になりそうだ。もちろん、実現するかどうかは、えびふらい氏やリスナー次第。あるいは将棋連盟やドワンゴのみなさんも、この企画いかがでしょうか!(提案)。 <取材・文・撮影/坂本寛 撮影/若尾空>
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