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若い世代は本当に“時代劇離れ”しているのか?【飯田泰之×春日太一 対談】

若い世代は本当に時代劇離れしているのか!? 時代劇が衰退しているという。確かに、地上波のテレビで連続的に見られるのは、NHKの木曜時代劇と大河ドラマだけ。時代劇の製作にはお金がかかるとか、スポンサーがつきにくいとか、お約束のドラマ展開が若い人にはつまらないなどなど。  その理由は、いろいろ言われるけれど……アンケートを取ってみると、決して、「若い人の時代劇離れ」が進んでいるわけではないようなのだ。  全国の30代の男女100人を対象に、「テレビ時代劇は好きですか?」とアンケートを取ってみると、「嫌い」と断言したのは18%。「好き」と答えたのも27%と決して多くはないが、「どちらでもない」という回答が55%あり、ここに時代劇の未来があるように思うのだ。 若い世代は本当に時代劇離れしているのか!? というのも、「どちらでもない」と答えた人の理由を聞いていくと(複数回答)、「取り扱う時代や主人公、テーマによる」という人が40%。ほか、「好きな作品はあるが、最近、めっきり見ていない」が23.64%。 「時代劇が好き」と言いきれないのは、今、心惹かれる時代劇に出会えていないからだけなのでは?  一方で、「嫌い」と答えた人の理由からは、時代劇がなかなか再興できない背景が伺える。なぜ、時代劇が嫌いなのか? 「古くさい」という回答が3割あったが、圧倒的に多かったのが、「見慣れてないので、馴染みがない」というもの。続いて、「物語の前提・背景がよくわからない」「わかりにくいので、物語に入っていけない」が、ともに27.78%。「セリフの意味がわからない」という人も11.11%いて、ようは、なんだかとっつきにくい=嫌いというだけ。  つまりは、史実の正しさも超える面白い時代劇があれば人は見る! が、時代劇に馴染めるほど、時代劇の放送はないという、ジレンマに陥っているのだ。 ⇒【調査結果の詳細】はコチラ
https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=671635
 そんな時代劇を楽しむ前提が失われている今、「サブテキスト」となるのが、エコノミストの飯田泰之氏と時代劇研究家・春日太一氏の共著『エドノミクス 歴史と時代劇で今を知る』だ。本書で、それぞれの専門ジャンルから、時代劇がより楽しくなる豆知識やうんちくを提示したふたりが、今こそ見たい時代劇について語った。 ◆時代劇ならできる日本版ポリティカルサスペンス
飯田泰之氏

『時代劇だからこそできるフィクションがある」(飯田氏)

飯田:民放では特別番組以外、今、時代劇が作られていません。習慣的消費ではないけれど、日常的に目にしなくなって、時代劇の前提みたいなものが受け入れられにくくなっている現状がある。 春日:新規ファンが増えずマニア化していく。SFがそうだったように、これは先細りする典型です。 飯田:でも、時代劇だからこそできるフィクションというのは確実にある。僕はもっと推理モノがあっていいと思うんだ。現代を舞台にした本格ミステリーはもう、ムリだから。 春日:最近思っているのが、日本には「ポリティカル・サスペンス」の文脈ってないですよね。アメリカは大統領暗殺が現実にあったからフィクションで描いても説得力がありますが、日本だと難しい。 飯田:日本の総理大臣だと圧倒的な権力感もないから、大陰謀は描きにくいんだろうね。 春日:また、CIAとかFBIのような一般からみたら謎の組織というのが日本にはない。そういう謎の組織が必要なときは昔からとりあえず「公安」が出てきます。 飯田:公安が特高警察か何かのように描かれるよね(笑)。 春日:ポリティカル・サスペンスは左翼性があった方が面白いのですが、日本だと公安がそういう扱いなので、古臭いんです。それで一段と嘘くさい話になる。 飯田:そうなるくらいなら、江戸幕府を舞台にすればいい。 春日:日本でそこを担ってきたのが時代劇だと思います。将軍や大名の暗殺劇もできますし、何よりお庭番という謎の組織もある。 飯田:途中で陰謀派から襲われたりして、チャンバラも盛り込める。佐伯泰英の『居眠り磐音 江戸双紙』シリーズはそれに近かったんだけど、どんどん主人公が強くなってしまっている。ひとりで城に乗り込んで、2000人くらいぶった斬れば簡単に解決するんじゃない?って思うほど最強(笑)。 春日:藤沢周平の『用心棒日月抄』シリーズもそうですが、敵が強大になるにつれて主人公も恐ろしく強くなっていくんですよね。 飯田:シリーズものになると、『週刊少年ジャンプ』のマンガみたいに、敵がインフレ化せざるを得ないし。 ◆エンターテインメントに必要なのはハッタリ 春日:ただ、現状として残念なのは、時代劇や時代小説が市井を舞台にした話に偏りすぎていることです。それだと鬼平の面白さには絶対に敵わないんですけどね。 飯田:鬼平の場合は、特殊警察という前提があるから、非日常感も出せたんだろうね。あと、鬼平がすごいなと思うのは、あおい小僧以外にも、実際に日本左衛門などの大盗はいたのに、そこに絡めずに話を展開させていっていること。
春日太一氏

「エンターテインメントの作り手に必要なのはハッタリの強さ」(春日氏)

春日:だからこそ、フィクションとしてネタが広がったんだと思います。史実と絡めると、それに規定されて選択肢は狭まりますから。 飯田:歴史上の大人物にのっかりたい一方で、のっかるとそれに縛られてしまう、と。 春日:かなり強引な話も多いですが、それを感じさせないハッタリの強さが池波にはあります。今の作家だと丁寧に描きすぎてしまう。 飯田:『暴れん坊将軍』だって、理詰めで書いたら、まるで意味がわからない(笑)。江戸城からどう出て、どこで着替えて、どう戻ったのか? 江戸城って、ハンパなく広いんだけれど(笑)。 春日:でも、そんなことがどうでもイイとスッ飛ばしてしまう。それが見事なまでに豪快にやっているから、観客も思わずスルーしてしまう。エンターテイメントの作り手に大事なのは、そういうハッタリの強さなんです。でも、今は細々とした史実や考証にこだわる人が多いから話がハネない。考証なんていくら積み重ねても現代人には限界はあるわけですし。観客や読者が楽しむのはあくまで虚実の虚の部分なのですから。 飯田:いっそ、架空の将軍がいたことにしちゃってもいい。でっかいウソをついた時代劇が観たいね。 春日:『柳生一族の陰謀』のように、ラストで家光のクビが飛んで終わりとかね。その上、『歴史はそうやって動いてきた』と言い切る。 飯田:どう動いてきたんだよ(笑) 。むちゃくちゃだよね。 春日:伊丹万作は「映画のラストシーンは30秒後の世界を観客が想像つかないものであるべき」と言っています。いいラストというのは印象的で象徴的なシーンでって、説明的であってはならないということです。例えば、映画『ゴッドファーザー』は、ドアが閉まって終わります。その唐突さが観る側に余韻を与える。 飯田:観客は「ええーー!」と。 春日:映画版『砂の器』も、コンサートでピアノを弾く加藤剛を刑事の丹波哲郎が見ているところで終わります。逮捕されるシーンは描かれていない。だったら、逮捕後に刑事と犯人の間で人情芝居がひとつ入るのでしょう。「ちゃんと全て説明し尽くして終わらせないといけない症候群」になっている。グレーで終わってもいいんですけどね。 ⇒【後編】「時代劇の復活には“巨悪”が必要だ!」に続く
https://nikkan-spa.jp/671646
●飯田泰之 http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/ 1975年、東京都生まれ。エコノミスト、明治大学政治経済学部准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書に『NHKラジオビジネス塾 思考を磨く経済学』(NHK出版)、『図解 ゼロからわかる経済政策』(角川書店)、『思考の「型」を身につけよう』(朝日新聞出版)、『世界一わかりやすい 経済の教室』 (中経出版) 、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『夜の経済学』(扶桑社)など ●春日太一 http://jidaigeki.no-mania.com/ 1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。日本大学大学院博士後期課程修了(芸術学博士)。著書に『天才 勝新太郎』(文藝春秋)、『時代劇は死なず!』(集英社)、『仁義なき日本沈没』(新潮社)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP研究所)、『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(文藝春秋)など <構成/鈴木靖子 撮影/落合星文 写真/flicker by 顔なし
エドノミクス 歴史と時代劇で今を知る

エコノミストと時代劇研究家が「江戸経済」と「時代劇」から“今”を照らす

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