更新日:2015年08月24日 13:05
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80年前のマンガ家志望者への先輩からの言葉が深い――「マンガの描き方本」の歴史1

帽子男シリーズ』や『ギャグにもほどがある』など、作品ごとに惜しげなくアイデアを使い捨てるリサイクル精神ゼロのギャグ漫画家・上野顕太郎氏。実は「マンガの描き方本」を収集することをライフワークとし、現在、その数は200冊以上に及ぶという。  そこで、上野氏所有の貴重な資料本をベースに「マンガの描き方本」の変遷を俯瞰する連載を開始する運びとなった。マンガへの愛情たっぷりなチャチャと共に奥深いマンガの世界を味わいつくそう。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 連載 第一回 上野顕太郎の「マンガの描き方本」の歴史 ◆「漫画家心構え」  この度、この場所をお借りして「漫画の描き方本」について、様々な角度から掘り下げたり、持ち上げたりこねくり回したり、愛情を込めて臨みたいと思いますので、御用とお急ぎで無い方は寄ってらっしゃい見てらっしゃい。  さて、人に何かを教える際に必要な道具や作業手順、使う技等は明文化しやすいが、心構えや感覚を伝えるのはなかなか難しく、教えるのにもある程度の技術や経験が必要になる。漫画の描き方本以外にも例えば、料理のレシピ本には、調理器具、材料、分量、手順等は明記されていても、どんな感覚や心構えで臨めば良いのかは書いてない気がする(気がするだけ?)。同じ物を作っても、感情によって出来は変化するというし、体調や季節、気温や湿度によってもそうなるだろうと言えば、まるで狙撃に際してのゴルゴ13の心構えを説いているようだ。  心構えや感覚が書かれた手引きも、書き手の主観による所が大きく、読み手に合う、合わないという問題が生ずる。そこで様々な本を手に取る。数多の心構えや技法を知ることで、己の行くべき方向も見えてこようというものだ。  のっけからまどろっこしくまた堅苦しい感じで申し訳ないが、連載初回にふさわしい“漫画を描くにあたっての心構え”をご紹介したいと思う。昭和8年発行『漫画講座』第一巻における、坂本牙城(注1)氏のお言葉。  漫画家は「現代」の中に、最も明快に「生きている人間」でなければならぬ。  五月の風の如く颯爽として。 ◆「80年以上前から存在!」  私が所持する最古の本は、昭和5年発行、岡本一平(注2)『新しい漫画の描き方』なのだが、「新しい」と銘打たれている位なので、「古い」漫画の描き方があったのかも知れないし、それ以前にも、現在の形態とは異なりはするが、漫画という表現は存在していたので、もしかしたらそれ以前の物も存在するかも知れない。鋭意調査中である。ともあれ、我々調査班が確認できたもので、漫画の描き方本には80年以上の歴史があるわけだ。結構凄い事ですよ、火の鳥の生き血を飲んでる方にとっては一瞬でしょうが、一口に80年と言っても一口では語れない程の年月だ。ゆえに少しずつ語らせて。 『少年マガジン』にもあるが、何にでもはじめの一歩がある。私の場合は、現在ではカバーも取れ、本体もかなりくたびれてしまったが、小学校の2年生の時に何故か父が買ってきた、手塚治虫の表紙も嬉しい、昭和45年・57版発行、冒険王編集部編『マンガのかきかた』(図1)がそれだった。先日、父に購入の理由を訊ねたが、「覚えてない」との明快かつ身もふたもない回答、だが、どうやら幼い私が「漫画家になりたい」と言っていたらしい。これは私にとっては新事実で、公的に漫画家になる宣言をしたのは小学6年生の卒業文集誌上においてだったので、それ以前からそんな事を言っていたとは驚きだ。人生ブレないにも程があるな! ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=689675
「マンガの描き方本」の歴史1

図1 上野氏が生まれて初めて読んだ「マンガの描き方本」である、昭和45年発行の『マンガのかきかた』(冒険王編集部編)57版の表紙

 内容は小学校低学年のおつむには難し過ぎるものだった。第一、表紙の「冒険王編集部編」の意味が分からない。『サイボーグ009・天使編』みたいな事なの? 「マンガのかきかた・移民編」のような本もあるって事なの? など足りない脳みそをフル回転させつつ読み進める。すると、まえがきにこうある。  マンガほど、おもしろくて、ゆかいなものはありません。  かいている人も、みている人も、みんなのこらずゆかいです。  これだ! これを一読して果たして漫画を描かずにおられようか!? いや、おられまい! おつむの弱いお子さんの脊髄に訴えかける甘い誘惑! 騙された! ここから私の転落……もとい栄光の人生が始まったといっても過言ではありますまい。いや、若干過言かもね。 ◆「お子様向けではなかったが……」  全容は理解出来ないが繰り返し何度も読んだ。現代との相違は当然あるものの、基本的な部分は変わらず、後に発行される描き方本と比べても遜色なく懇切丁寧な指導がなされている。一例を挙げると、「いろいろな構図」という項目における図版(図2)は実に実践的ではありませんか、早速今日から使いましょう。しかもこの本の丁寧さ、きめの細やかさときたら、そればかりでは止まらず、版を重ねるにつれ図版や内容を少しずつ変えているという点からも分かる。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=690534
「マンガの描き方本」の歴史1

図2 『マンガのかきかた』(冒険王編集部編)に掲載されている「人物ふたりの、いろいろな構図」という図版

 初版本は昭和37年だが(図3)、巻頭グラビアは「関谷ひさし」(注3)「マンガ映画ができるまで……」(取り上げられているのは、『シンドバッドの冒険』〈東映〉)、「手塚治虫」というラインナップだ。  昭和45年発行の版では、「手塚治虫」「テレビマンガができるまで」『鉄腕アトム』)となっている。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=689677
「マンガの描き方本」の歴史1

図3 上野氏が後年、手に入れた昭和37年発行の『マンガのかきかた』(冒険王編集部編)初版本。図1と同じ本だがこの後、版を重ね、内容にも変化が見られる

 また、「にがおマンガの、かきかた」という項目は初版では「長嶋茂雄力道山(鶴瓶似/図4)」を取り上げ、昭和45年発行の版は「長嶋茂雄植木等」という具合に、時代を反映した物になっており、本文でもかなりの点数の図版が差し替えられ(図5図6)、文章も変化している。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=690533
「マンガの描き方本」の歴史1

図4 昭和37年発行の『マンガのかきかた』(冒険王編集部編)の初版本に掲載されている力道山の似顔絵

「マンガの描き方本」の歴史1

図5 関谷ひさし、わち・さんぺい、石川球太、貝塚ひろし、手塚治虫、寺田ヒロオの絵が並べられている『マンガのかきかた』(冒険王編集部編)

「マンガの描き方本」の歴史1

図6 図5よりのちに発行された『マンガのかきかた』(冒険王編集部編)では、川崎のぼる、水木しげる、つのだじろう、石森章太郎、荘司としお、赤塚不二夫の絵が並べられ、リニューアルされている

 この本がどれ位版を重ね、何パターン位の種類があるのか、ひょっとして今も売られているのか?等の謎の解明については今後の研究が待たれる所だが、……えっ? それ俺がやるの? ま、そりゃそうだわ。行きがかり上、分りました、発行元の秋田書店さんに問い合わせれば分るかもしれませんね。ついでと言っては何ですが、この本の発行を遡る事6年前の昭和31年発行の手塚治虫『漫画のかきかた』図7)を見ると、『マンガのかきかた』と同じ図版や文章が散見される。恐らく、この本が下敷きとなっているのだろう、同じく秋田書店発行なので多分そうだろうと、この場で言い切っても学会が紛糾したりはしないだろう。それも合わせていずれ伺って参るか。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=690530
「マンガの描き方本」の歴史1

図7 昭和31年発行の手塚治虫『漫画のかきかた』

 また、今では考えられないが、この時代の本や雑誌の欄外等でもお馴染みでしたが、巻末に漫画家の住所録が掲載されていて、大好きな作家の自宅にファンレターを出す事はもちろん直接、訪ねて行く事さえ出来た。のどかで良いなとも思うが、時代が移り変わるにつれ、なくなってしまい、若干の残念さは感じるものの、「あの作家うちの近所に住んでいたのか!」等住所を眺めるだけでも味わい深いものはありましょう。また「今も居る!」という可能性もあるので油断は禁物です。もしかしたらあなたの隣に漫画家が住んでいるかも知れないのですから。

つづく

(注1)坂本牙城:1895~1973年。岡本一平のすすめでマンガを描き始める。漫画家、水墨画家。代表作に1934年より「幼年倶楽部」に掲載された『タンク・タンクロー』がある。 (注2)岡本一平:1886~1948年。漫画家、作詞家。朝日新聞に入社して漫画記者となり、漫画漫文という独自のスタイルを生みだす。岡本かの子との間にできた長男は岡本太郎。 (注3)関谷ひさし:1928~2008年。漫画家。「冒険王」連載の『ジャジャ馬くん』がヒットしてメジャーに。『ストップ!にいちゃん』『ファイト先生』で第9回小学館漫画賞受賞。 文責/上野顕太郎 上野顕太郎/1963年、東京都出身。マンガ家。『月刊コミックビーム』にて『夜は千の眼を持つ』連載中。著書に『さよならもいわずに』『ギャグにもほどがある』(共にエンターブレイン)などがある。近年は『英国一家、日本を食べる』シリーズ(亜紀書房)の装画なども担当。「週刊アスキー」連載の煩悩ギャグ『いちマルはち』の単行本が10月末発売予定。 ※第二回は8月中旬すぎに掲載の予定です。
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