雑学

わずか10ページでマンガ家になれる!?――マンガの描き方本の歴史2

『帽子男シリーズ』や『ギャグにもほどがある』など、作品ごとに惜しげなくアイデアを使い捨てるリサイクル精神ゼロのギャグ漫画家・上野顕太郎氏。実は「マンガの描き方本」を収集することをライフワークとし、現在、その数は200冊以上に及ぶという。

 本連載は上野氏所有の貴重な資料本をベースに「マンガの描き方本」の変遷を俯瞰するシリーズである。マンガへの愛情たっぷりなチャチャと共に奥深いマンガの世界を味わいつくそう。

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連載 第二回
上野顕太郎の「マンガの描き方本」の歴史

◆連載2回目にして塗り替えられる数字

 80年の歴史を誇る「マンガの描き方本」! そう銘打った舌の根も乾かぬ第2回において、最古と思われていた昭和5年発行を遡ること10年、つまり大正9年には漫画の描き方本(『誰にもできる漫画の描き方』田中はつぢ著)が出版されていた事実が判明した事に驚きを禁じ得ない。というか資料(『まんが学特講』みなもと太郎、大塚英志)を見落としていたのには間抜けさを隠し得ない。ま、10年位の誤差も火の鳥の生き血を飲んだ人にとっては一瞬でしょうが。今後はどこまで古い本が存在するのか、新たな調査が待たれる所だ。

◆雑誌の“別冊付録”としてのマンガの描き方

 さて、気を取り直して今回取り上げるのは雑誌の別冊付録としての漫画の描き方本であります。書籍になっている「マンガの描き方本」に比べ、付録としての「マンガの描き方本」は低年齢層向けの雑誌に付与されていることがほとんどで(あえて「ほとんど」と言ったのは、もしかしたら大人向け雑誌にも別冊付録が存在するかもしれないと思うからだ。『ダヴィンチ』辺りがやりそうじゃね? もしくは女性向けファッション誌とかが「この秋、最新のカケアミでイケテル仕上げ!」みたいな別冊つけてないとも限らないわけで)内容は薄く、入門書的な体裁になっている。主題の他にも、略画の描き方や、ウルトラマンやドラえもん等の人気者の描き方や女の子向けにスタイル画の描き方等で構成される事が多いようだ。

 正規に流通する本でさえ、正確な年代は判明していないのに、いわば消えものの付録の歴史というものを探っていけるのか、甚だ心もとないが、今後の調査が待たれる所だ。待ってばっかりだ。

マンガの描き方本の歴史

(図1)昭和26年発行の『少年画報』5月号第二付録、まんが教室第二編「まんが学校」


マンガの描き方本の歴史

(図2)昭和26年発行の『少年画報』5月号付録「まんが学校」より。今に通じる漫符が多数、紹介されている。

 さて私が所持する最古の付録は、年代部分が破損していているが、どうやら昭和26年発行の『少年画報』五月号第二フロク、まんが教室第二編「まんが学校」(図1)伊藤隆夫・編(注1)である。サイズはB6版、わずか20ページの小冊子。3人の執筆者が1~2ページを章ごとに担当しているが、「動きをだすには」の項(図2)では現在も使われる漫符(この名称は「サルまん」発信でいいのかな? サルマンといっても白の魔法使いではなく、『サルでも描けるマンガ教室』(注2)の事だが)が紹介されている。

⇒【画像】はコチラ http://nikkan-spa.jp/?attachment_id=700968

「西部活劇と時代漫画」という項にはこんな一文も。

「ちょんまげ物(時代漫画)はいくらかやさしく描けます。

 ちょんまげがくっついているだけで着物は今とたいしてかわらないからです。」


 時代を感じずにはいられない! 「似顔漫画の描き方」の項では、藤本選手、千葉選手、青田選手、別当選手等(注3)のラインナップにもう時代を感じまくってしまうのであった。感じてばかりではなんなので、漫画家志望者にはありがたい「漫画投書のコツ」について書かれた一文を引用しよう。

『漫画投書のコツ』

「ぼくはもう何十回も漫画を投書しているのに、どうしてちっとも入選しないのだろう。ばかばかしいから、もうやめよう」といって、プンプン怒っている人はいませんか。

 しかし、これはまだ怒るのは早いですよ。よろしい、ではどうすれば入選するか、その秘訣を伝授しましょう。

 (1)きまりをよく読むこと
 (2)案は必ず自分で考える
 (3)不具者の人を漫画にしないこと
 (4)特別の場合のほか、あまり下品な言葉を使わないこと
 (5)案が出来たらすぐ描かないで、もう一度よく考えてみる

 さあ、どしどし傑作を描いて、どんどん投書して、ジャンジャン入選して下さい。


 昭和20年代キッズ達はどしどし、どんどん、ジャンジャン描いた事でしょうね!

◆ごたくは抜き! シンプルすぎる“マンガ家への道”

マンガの描き方本の歴史

(図3)昭和47年発行の『小学三年生』5月号付録「まんが入門」


マンガの描き方本の歴史

(図4)昭和47年発行の『小学三年生』5月号付録「まんが入門」より。一番重要な当項目は、本文96ページ中87ページから始まる。

 前回、私が小学2年の時に父親が買ってきた『マンガのかきかた』が、私が初めて手にした「マンガの描き方本」だと紹介したが、その次に私の元にやって来たのは、昭和47年、『小学三年生』5月号ふろく「まんが入門」(図3)だった。表紙には、

「まんがが、かんたんにかけるようになります!!」

 の文字が躍る。これを読み、後に漫画家になり、かんたんにまんがをかいている私が存在している事が、このキャッチコピーの正しさを証明しているとは言えまいか? とは言いつつも、本文96ページ中「あなたもまんが家になれる!」(図4)という章が始まるのは実に87ページ目から。それまでは、「怪獣のかき方」「小三・人気まんがの主人公のかき方」「スタイル画のかき方」「りゃく画のかき方」が続いており、本題はわずか10ページしかない。その内容を要約すると、「マンガを描く材料を集めましょう/なんでもよく観察して、デッサンをしましょう/テーマを決めてマンガを描いてみましょう/賞に応募するか持ち込み、もしくは有名マンガ家に弟子入りしましょう」となる。つまり無理矢理の三段論法でゆくと、「漫画家には10ページでなれる」という結論が導き出されるのであった。

⇒【画像】はコチラ http://nikkan-spa.jp/?attachment_id=700972

 さて、後年入手した昭和46年、『小学三年生』11月号ふろく「まんが入門」(図5)つまり私の一学年上のおぼっちゃん、おじょうちゃん方がお読みあそばしていた物だが、人気キャラや怪獣に若干の違いがあるもののほとんど内容は同じであった。こういう例が他にあるのか今後の調査が、以下略。

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マンガの描き方本の歴史

(図5)昭和46年発行の『小学三年生』11月号付録「まんが入門」

◆少女マンガ誌の付録がとんでもないことに!?

1、小学館

 私が所持する中で最も多いのは、やはりというか出版点数や歴史から考えて当然だろうが、小学館の学習雑誌の物だ。現在9冊だが、今後も地道に集めてゆきたい。全てを詳細に紹介するわけにもいかないが、「ドラえもん」の人気が高まって以降、9冊中5冊に「ドラえもん」「藤子不二雄」の名が冠されているのが特徴的である(図6)

 また、『少年ビッグコミック』(注4)の前身『マンガくん』創刊号の付録「マンガなんでも事典」(図7)では、聖悠紀(注5)をはじめとする作画グループの面々が漫画で実践的な解説をしており、質の高い本になっている。しめのお言葉が身に染みたので紹介しておこう。

 まんがには、もうこれでいいというところはありません。

 常により高い所をめざしてがんばらねばならないのです。


 はい、染みた!

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マンガの描き方本の歴史

(図6)小学館刊行の学習雑誌のマンガの描き方付録あれこれ。中央のものだけ正方形。レアなサイズだ。


マンガの描き方本の歴史

(図7)昭和51年発行の『マンガくん』創刊号の付録「マンガなんでも事典」

2、集英社

『少年ブック』(注6)の付録として昭和43年の『手塚治虫のマンガ大学』(基礎編・応用編)、昭和44年の『赤塚不二夫のマンガ大学院』(らくがきコース・アイデアコース・短編コース・長編コース)(図8)があるが、これらは後に書籍として出版されるので、いずれ改めて触れようと思う。

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マンガの描き方本の歴史

(図8)昭和44年発行の『少年ブック』付録「赤塚不二夫のマンガ大学院」(らくがきコース、アイデアコース、短編コース、長編コース)

3、学研

 一冊のみだが、昭和62年発行の『学習 4年生版』6月号「イラストまんがかき方大百科」(図9)を所有している。巻頭カラーの漫画はえびはら武司(注7)。主に様々な物の作画法を指南する内容だ。

 最近はというと、学習雑誌の付録については、小学館の高学年向けの本が休刊になったりして情報がないのだが、いつ頃から存在し、どの位の数があるのかを確かめたいと思っている。

 一方、少女漫画誌にも昔から漫画の描き方の付録がついていたが、最近、とみに活況を呈している。冊子ばかりでなく、コミックペン、スクリーントーン、果てはライトボックス等が付属するのが今様という所か(図10)。今後も付録から目が離せない!

⇒【画像】はコチラ http://nikkan-spa.jp/?attachment_id=700986

マンガの描き方本の歴史

(図9)昭和62年発行の『学習 4年生版』6月号の付録「イラストまんがかき方大百科」


マンガの描き方本の歴史

(図10)平成26年発行の『ちゃお』3月号の付録「カンペキまんが描き方ブック」

◆「マンガのかきかた」調査結果のご報告

 前回取り上げた、秋田書店刊『マンガのかきかた』についての調査結果をご報告しておく。出版元の秋田書店に問い合わせた所、残念ながら本が古いため、関係者は既に会社にはおらず、資料も残っていないとの事だった。ただ、一つ判明したのは、絶版になっているという事実のみである。その後の調べでは少なくとも72版まで版を重ねた事が確認されたが、内容の変更については未確認である。今後の調査を進めるにあたってはネットオークションや古本屋で、版が異なるものを地道に探すしかないのだろうか? いや、ある。たった一つ調査の方法があるぞ! 何!?  (つづく)

 ……つづくな! その方法とはあなた、奇特にも「マンガのかきかた」冒険王編集部編をお持ちのあなた! お手数だがお手持ちの本をご覧になって頂きたい。そして前回この連載で紹介した巻頭グラビアや63ページの図版と違う物が使われていたなら、発行年月日と何版かを是非お知らせ下さい。よろしくお願いします。お知らせいただいた方には、何かを差し上げます。……うまい棒でどうですか? ……じゃ、きのこの山は? え~ともう少し考えますね。

(本当に)つづく


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件名に「マンガの描き方本の歴史」と書いたうえで、お送りください。

(注1)伊藤隆夫:マンガ家。1950年代に貸し本の有力出版社であった東京漫画出版社等で活躍した。

(注2)『サルでも描けるマンガ教室』: 1989年より『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)に連載された相原コージ、竹熊健太郎作による作品。

(注3)藤本選手、千葉選手、青田選手、別当選手:藤本英雄、千葉茂、青田昇、別当薫は1940年~1950年代に活躍した野球選手。上野顕太郎も別当選手しかわからないとのこと。

(注4)少年ビッグコミック:1977年創刊のマンガ誌『マンガくん』(小学館)が、1979年に『少年ビッグコミック』にリニューアルした。

(注5)聖悠紀:マンガ家。代表作に「超人ロック」シリーズがある。現在、『超人ロック ラフラール』(少年画報社)、『超人ロック 刻の子供達』(KADOKAWA/メディアファクトリー)連載中。

(注6)少年ブック:1959年~1969年、集英社から刊行されていた少年向けの月刊マンガ誌。

(注7)えびはら武司:マンガ家。代表作に『まいっちんぐマチ子先生』などがある。

文責/上野顕太郎

上野顕太郎/1963年、東京都出身。マンガ家。『月刊コミックビーム』にて『夜は千の眼を持つ』連載中。著書に『さよならもいわずに』『ギャグにもほどがある』(共にエンターブレイン)などがある。近年は『英国一家、日本を食べる』シリーズ(亜紀書房)の装画なども担当。「週刊アスキー」連載の煩悩ギャグ『いちマルはち』の単行本が10月末発売予定。

※第三回は9月上旬に掲載の予定です。

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