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バカはサイレンで泣くが連載1000回!「当初は泥酔してから作業していた」

バカサイが連載1000回!「当初は泥酔してから作業していた」 週刊SPA!が世界に誇る読者投稿欄「バカはサイレンで泣く」、通称バカサイが’93年に連載を開始してから、11月17日発売の号で実に連載1000回を迎えた。決められたお題を基に、ネタを募集。天久聖一、椎名基樹、せきしろといったお馴染みの作家たちがその中から選んだネタが毎号、誌面に躍る。そのさまはさながらネタバトルの様相を呈することも……。作家陣に加え、21年間彼らを支えたアシスタントの佐久間仁美を加えた4人で、バカサイ開始直後の話を振り返る。

――昨年には連載開始から20年、そして今回は連載1000回を迎えたバカサイですが、そもそもどういった経緯でコーナーは始まったのでしょうか。

天久:ライターの八幡雅彦さんから「一緒に投稿欄やらないか?」って誘われたのが最初かな。

椎名:八幡さん、今ミイラになっちゃったけど(笑)。

天久:エボラにね(笑)。それで2人でやるのも何だから、俺がそのとき『電気グルーブのオールナイトニッポン』の構成作家をやっていた椎名を誘って、八幡さんはライターの山田ゴメスさんを連れてきて、4人で始まったのがそもそものきっかけですね。初めは投稿がないので、いわゆる投稿欄のパロディのつもりで作ってたんですよ。はがきが来なくてもオレたちでやろうって。そうしたら数か月くらいたったらぼちぼち投稿が来るようになって、割とすぐ軌道に乗ってったよね。

椎名:そうだね~。印象的だったのは、当時まだ扶桑社もフジテレビも新宿区の曙橋にあった頃で、バブルの名残があったの。そんでみんなで集まって泥酔してから作業を始めるって感じで(笑)。

佐久間:仕事の合間に飲みにいって、また戻ってきてから作業したり。

椎名:当時は飲んでいたよね。夕方に集まって、飲みにいって、また仕事してって。いっつも夜中に帰ってなかったっけ?

天久:そうそう。部活のノリでグチャグチャってたのはいい思い出だよね。

椎名:当時、何するかもよくわかってなかったしさ。俺も天久も25歳くらいだったから本当に子供だったよ。明らかに失礼な感じだったと思うよ(笑)。

天久:失礼だったろうね~。

――それは担当編集に対してということですか。

椎名:う~ん、人に対して! 世の中全般(笑)。

※あ、せきしろさんがしゃべっていない! ということで、続きは11/17発売の週刊SPA!「エッジな人々」にて! 5ページの特別拡大版でバカサイの歴史を語りまくり!

取材・文/須藤 鑑(幕下裸体力) 撮影/渡辺秀之 スタイリスト/小菅美穂子 再構成/SPA!編集部

週刊SPA!11/25号(10/17発売)

表紙の人/柏木由紀

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