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今の日本を予見していた…70年代の名作マンガたち

 衆院で可決され、参院で審議中の安保法案。その内容から「戦争法案」とも呼ばれる同法案に対しては違憲性を指摘する声が多く、成立反対を訴える市民のデモも盛んに行われるなど、戦争への扉を開くことへの危惧が高まっている。  そんななか、まるで今の日本を予見していたかのような70年代のマンガが注目されている。その名は『光る風』。いったいどんなマンガなのか?

山上たつひこ『光る風』(フリースタイル/2052円)

「タイトルだけ聞くと、さわやかな青春もののように思えますが、中身は全然違う。強大な国家権力の下、厳格な思想統制が行われ、軍国主義が急速に復活しようとしている〈一九七〇年以降の仮想日本〉を描いた作品です。作者は、『がきデカ』などで知られる山上たつひこ。意外に思われるかもしれませんが、ギャグを描く前はこんなシリアスな社会派マンガを描いていたんです」と語るのはマンガ解説者の南信長氏。  1970年に「週刊少年マガジン」で連載された作品だが、反戦を訴えたデモ隊が警官隊に容赦なく射殺されたり、〈国防隊〉のカンボジア派兵で出征した主人公の兄が手足を失い芋虫のような姿で帰ってきたり、子供向けとは思えない残酷なシーンが続出する。 「ベトナム戦争、安保闘争といった当時の時代背景が色濃く反映された作品ですが、その空気は今の日本と恐ろしいほど似ている。作中に〈国連協力法案〉というのが出てきますが、それについての説明はこうです。〈「国連軍への参加は憲法に違反せず 国防隊法の一部改正で可能である」というのが 外務省だけでなく内閣法制局や当時の防衛庁の一致した見解であった〉〈そして 国防隊法の一部改正部分についても 海外派兵を法的に根拠づけるため 任務規定の条文に「国際平和と安全のために」ということばを追加して それらの行為を正当化し美化しようとしたのであった〉。これはもう予言といってもいいのではないでしょうか」  さらに、同作以外にも70年代の予言的な作品があるという。 「永井豪『ハレンチ学園』です。単なるエッチなマンガだと思ったら大間違い。当時、PTAやマスコミから大バッシングを受けた作品ですが、それを皮肉るかのように〈大日本教育センター〉と称する機関がハレンチ学園をつぶすべく武力攻撃を仕掛けるというエピソードがあるんです。その一連の描写がハンパない。教育センターの総帥は〈大東亜戦争以来 人殺しが楽しめるわい〉〈人殺しなんざ大義名分がありゃいくらでもできるんじゃ〉と高笑いしながら進軍する。〈ぼくちゃんたちも学園のために勇敢に戦わなければいけないのよねー/勇敢に突撃する子はいい子よねー しない子は悪い子よねー〉と教師に言われて無邪気に突撃していった1年生たちの首が次々に宙を舞う。爆風で飛ばされたパンツを拾いに行った準主役級の女の子も〈あたしたちはなぜ殺されるの……ハレンチ学園はなぜつぶされるの…… 自由に! 自由に生きようとしただけなのに!!〉と叫びながらやっぱり爆死。ほかにも〈いくらいやでも多数決で決まったことなんだ〉〈多数決ってのはなんでもきめてしまうんだぞ〉〈これが民主主義のいいとこなんだぞ…〉〈多勢の支持は悪徳を美徳にかえ 美徳を悪徳にかえ〉〈人間の運命をかえ〉〈歴史の流れもかえるのだ〉なんてセリフもある。まるで今の世の中に警鐘を鳴らしているようで震えが来ます」

南信長『やりすぎマンガ列伝』(角川書店/1728円)

 南氏の新刊『やりすぎマンガ列伝』では、こうした70年代の問題作を中心に、過剰なエネルギーにあふれた“やりすぎマンガ”32作を時代背景とともに解説している。 「たとえば、石川球人『巨人獣』は生活保護受給者や路上生活者などを叩き、排除しようとする社会のメタファーとして読めますし、楳図かずお『漂流教室』は震災と原発事故後の世界を彷彿させます。今の時代だからこそ読んでおきたい伝説の名作のエッセンスを、ぜひ味わってほしいですね」  予言どおりの狂気と破滅の世界が現実化しないことを祈りたい。 <取材・文/日刊SPA!編集部>
やりすぎマンガ列伝

『やりすぎ』マンガをとおして時代や世相までもが視えてくる、著者渾身(やりすぎ?)のマンガ社会論

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