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122年続いた映画館が取り壊し…実在した映画館が主役の物語「シネマの天使」制作秘話

 122年の歴史を持ちながら、時代の波に押し流されるように閉館を余儀なくされた映画館が実在した。広島にあった日本最古級の映画館「シネフク大黒座」だ。この大黒座を舞台に、地元民の深い思い入れや、従業員の熱い思いを描いたファンタジー映画「シネマの天使」が11月7日に公開される。
「シネマの天使」

本郷奏太、藤原令子らが出演

 メガホンをとったのは、NHKやディスカバリーチャンネルなどで多くのドキュメンタリー作品を制作してきた時川英之監督。取り壊しの決まった映画館を巡って、支配人、従業員、常連客、映画監督志望のバーテンダーらそれぞれの視点で、同時並行的に「映画館がもたらす何か」を突きつける意欲作に仕上がっている。公開を前に、時川監督に話を聞いた。  * * * ――「大黒座」の取り壊しを題材に映画を撮ろうと考えた経緯を教えてください。 時川:昨年、福山市で122年も続いた大黒座という映画館が取り壊しになるので、その前にそこで何かを撮影して欲しいと相談がありました。何を撮影したら良いのか考えあぐねていると、一度会って打ち合わせをしたいということになり、ランチを食べながら話していると、その席で大黒座の方が泣き出されました。大黒座閉館への思いの強さを改めて理解し、これは、真剣に考えなければならないと思い、「長年続いた映画館のためにできることはなんだろう?」と考えました。それで、大黒座を舞台にした映画館の物語を映画作品として作ることを提案させていただいたのです。そうすれば、大黒座が解体された後も、映画の中に大黒座が残ると思ったのです。 ――閉館セレモニーや取り壊し工事の映像は、実際の映像を使用したとか。 時川:できるだけ本当の大黒座を感じてもらえるように、実際の大黒座を舞台に撮影しました。壁に書かれた観客のメッセージはすべて本物です。大黒座が本当に閉館する最後の日も、常連客で満席になった劇場で俳優を入れて撮影しました。閉館の日のシーンは実際の雰囲気が感じられると思います。撮影の最終日にはショベルカーが入ってきて建物を壊し始めました。解体工事の場面もそのまま撮影しました。それまで大黒座で毎日撮影していた僕らはとても切なくて、泣き出すスタッフもいました。 ――ネットに置いて変わられる映画の立場だったり、シネコンやHuluなど映画そのものの鑑賞方法が激変しています。作中では、「映画館でこその良さ」が多く語られていますが、時川監督自身はこの流れをどう考えていますか。 時川:映像の視聴方法が増えたのは良いことだと思いますが、やはり「映画館で映画を観る」ということに勝る映画鑑賞の方法はないと思います。ヒーローものの映画作品を映画館で観て、その後映画館から出てきたら、まるで自分がそのヒーローになった気分になる、ということは誰もが経験したことだと思います。でも、DVDやネット視聴ではそれはありません。それほど映画館では物語を体感できるのです。映画を観て人生が変わった、という人が、ネット上で同じ作品を観ていたとしたら、その人の人生は変わらないかもしれないのです。それはとてつもなく大きな差があります。映像がいろんな方法で観ることができる今だからこそ、映画館で映画を観る本当の価値を知って欲しいと思います。 ――本作を撮る上で、演出や見せ方に特に力を注いだ点があれば、お聞かせください。 時川:この物語を「閉館する映画館のシリアスで硬派な人間ドラマ」として作る方法もあると思います。でも僕はそうはしたくなかった。この作品は、映画館の周りにいる人々の群像劇であると同時に、大黒座が本当の主人公の物語だといえます。大黒座が終わりを迎えようとする中、いろんな人々の気持ちが動き、悲しみを見つめるとともに、未来への希望につながる。そんな作品にしたいと考えました。大黒座の周りに不思議な世界があり、ユーモアがあり、人々の夢や希望や幻想が取り巻いているような、そんな切なくも温かい世界を描く方が、大黒座へのはなむけとしてふさわしいのではないかと思いました。そういう風なことを演出では考えていました。 ――ミッキー・カーチスさん扮する「シネマの天使」が語る台詞など、作中に出てくる役者さんの映画愛溢れる言葉やエピソードは胸に響くものがありました。監督が気に入っているシーン、台詞があれば2、3紹介してください。 時川:脚本を作る段階で大黒座スタッフの思い出や観客からの手紙を沢山読ませていただきました。それを物語の中のあちこちに形を変え織り込んでいます。だから、物語のいくつかのエピソードは実際の話に基づいていたり、実際に大黒座であった会話だったり、何人かの登場人物は実際の人をモデルにしています。ミッキーさんが劇場の壁のメッセージの前で言う台詞は、観客が大黒座のお別れに書いた手紙をほとんどそのまま使っています。大黒座にあった本当の映画愛がそのまま伝わって欲しいと思ったからです。僕の好きな台詞は、劇中で大黒座スタッフが言う「お客さんが映画を観て喜んでくれると、わー!っとなる」というところです。僕たちはいろんな意味で「わー!」っとなりたいから、映画館に行くのだと思うのです。  * * *  記者も映画を観させてもらったが、全編を通して優しい光使いと音楽が流れる映像はとても心地よく、あっという間の90分だった。ミステリー仕立てともファンタジー仕立てとも受け取れる物語は穏やかな愛に溢れ、不思議な気持ちにさせてくれる。上映後に客席を見渡すと、拍手をやめない人や涙を流す人の姿も。「最近、映画館に行っていないな」と思う人こそ、足を運んで観てほしい作品だった。 <取材・文/日刊SPA!編集部> ●映画「シネマの天使」http://cinemaangel.jp/
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