“人と本が出会う拠点”小さい本屋を訪れ実測した狂気の一冊/『本のある空間採集 個人書店・私設図書館・ブックカフェの寸法』書評
―[書店員の書評]―
世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。日刊SPA!で書店員による書評コーナーがスタート。ここが人と本との出会いの場になりますように。
毎日本屋にいるのに、気づけば休日も本屋にいる。そこで何をするかというと、店内をくまなくチェックし、脳内でジャッジするのだ。「へぇ。この本の隣にこの本。やるじゃん」「ふーん。カフェも併設してるのか。そりゃお洒落に見えるわけよ」。本当は尊敬したりときめいたりしているのに、斜に構えてしまうのだ。嫌な客である。
自身が大型書店チェーンの旗艦店で働いていることもあり、いわゆる独立系書店への憧れが強い。それは端的にいうと、愛憎まみれる思いといってもよい。大型書店はその規模の大きさゆえ、検索のしやすさ、求められる本へのアクセスのしやすさが最も重要だ。図書館で用いられる図書分類法のように、ジャンルでわけられた本はそれぞれの書架に収められる。中にはジャンルを横断するような性質をもつ本も多い。哲学と文学のあわいにいたり、人文書とも医学書ともいえる本があるなかで、どちらをメインに置くかを決めることはなかなか困難だ。また、これは本当に置いても良いのだろうかと悩む本もある。けれど、どんな本にも読者はアクセスする権利がある以上、特に大型書店は「置かない」という判断を下すことが難しい。
対して、比較的規模の小さな独立系書店は全てを置くことが出来ないからこそ自由にセレクト出来る。店のカラーや方向性が定まっている箱庭のように整った店内は、さながら完璧な小宇宙のようだ。全てを置くことよりも、取捨選択をするほうが難しいに決まっているのだが、やはり羨ましく感じてしまう時がある。
今回取り上げる『本のある空間採集』は、建築設計・都市研究をなりわいとする著者の政木哲也さんが、あえて「小さい」個人書店やブックカフェを訪れ、内部を実測し、その名の通り「採集」した1冊である。なぜ小さい本屋かというと、人と本の出会う拠点をどんな街につくり、オーナーがその場に身を置くことによってどんな空間体験をもたらそうとしているのか知りたくなったからなのだという。
書影を見てわかる通り、気の遠くなるような緻密なイラストはアイソメ図(斜め上から見た視点で空間を起こした図)といって、複雑な店内になると1つの図面を仕上げるのに何週間もかかるそうだ。書架はもちろん、テーブルやトイレまでの寸法が測られ、書架に収まりきらず山積みになっている本の背表紙の1冊1冊までもが書き込まれていてほとんど狂気の沙汰である(この上なく褒めています)。
書店ガイドは数あれど、「寸法」にここまで拘った本は見たことがない。写真を超えるリアルさを感じられるばかりか、この図の中に自分がぽつんと立っている状況まで浮かぶような、不思議な感覚に陥る。自宅の本棚をつくる際のヒントにもなる、画期的な視点だ。もちろんガイドブックの特性もあるので、あまり知られていない本屋もたくさん載っている。戦後の木造建物(元泌尿器科)を改装した深夜23~27時だけ営業する書店など、読むだけでときめきのあまり卒倒しそうな場所にもこの本を片手に訪れられる。
店主へのインタビューや、その場所が出来るまでのストーリーも面白い。おばあさんがひとりで暮らしていた小さな平屋、大正時代に建てられた古い郵便局の1階、廃館した映画館に付属していた小さなチケットブース。それらが改装されて出来た、本と出会う場所。
公共的な空間デザインにおいては、いかに不特定多数の人が快適に暮らせるかがデザインの勘所となって久しい。それに則るとここで取り上げられている魔窟のような空間は「悪い」デザインとなるのだが、果たしてそうだろうかと著者は問う。「本のある空間」のデザインとは、予定調和ではない本と人間の出会い方のデザインである、と。
大型書店と独立系書店では求められる特性が異なるけれど、「思いがけない本との出会い」を提供したい、という思いは同じなのだと、この本を読んで改めて気付かされた。本屋がなくても死なない。けれどあったら嬉しい。そんな不要不急の存在がもつ力は、案外馬鹿にできないものだ。
いつか私の働く書店も実測してほしい、と頭をよぎったが、10フロアの2000坪。何年越しになるのだろうと、その途方もない時間を夢想してうっとりする。
評者/市川真意
1991年、大阪府生まれ。ジュンク堂書店池袋本店文芸書担当。好きなジャンルは純文学・哲学・短歌・ノンフィクション。好きな作家は川上未映子さん。本とコスメと犬が大好き
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