眼球、耳、男性器も…“失った身体の一部”を製作する技術者が、「安い」と言われても料金を変えない理由
病気や事故によって欠損した身体の一部を補う技術がある。エピテーゼと呼ばれる技法だ。質感や色彩さえも忠実に再現し、少なくとも外見上は、奇異の目に晒されにくくなる。
東京都港区に事務所を構える「ヒューマンアートスクール」は、エピテーゼの普及や技術者の育成を目的に設立されたメディカルアートラボだ。代表の牧野エミ氏は、美容師として豊富なキャリアを持ち、アメリカで特殊メイクの技法を体得した女傑。それだけでなく、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)では歯学部の顎顔面補綴科の技術を徹底的に学んだ。
エピテーゼの浸透によって何が変わるのか。展望と限界について、牧野氏に語ってもらった。
ヒューマンアートスクールには所狭しと手や脚の石膏模型が並ぶ。完成したエピテーゼはどれも人の生身に近い弾力があり、今にも血が通って動き出しそうだ。
実際、牧野氏はその高い技術力によって、さまざまな人々に貢献してきた。
「眼球摘出をした患者さんがいました。変わり果てた自分の顔貌にショックを受け、『こんな顔では生きられない』と嘆いていたんです。エピテーゼを使用して患者さんの希望の通りに眼球を製作しました。義眼をみて、患者さんが『これでもう少し生きていられる』とぽつりと言ったのが印象的でした」
エピテーゼの製作はさまざまな患者の症状や要望を聞いて取り掛かる。技術力はもちろんだが、患者との対話は殊更に大切だ。場合によっては心のケアこそ重要な局面さえある。
「重度の火傷のために皮膚が焼けただれ、耳がなくなってしまった患者さんがいました。エピテーゼで耳を形成することはできましたが、ご本人は家に閉じこもりがちであるというのです。そういえば、来院するときもマフラーや手袋、マスクなどを手放しませんでした。私は彼の手を握り、『おっしゃりたいことはなんでしょうか』と聞いてみました。すると、患者さんは『僕、気持ち悪くないですか?』と緊張しながら応えました。そのとき、患者さんがそれまでいかに白い目で見られ、それを気にしてきたのか、痛いくらいにわかりました。
私は、患者さんが人々の好奇の目に晒されないようにするにはどうすればよいのか考え、皮膚のただれを治療する提案を行いました。皮膚が前よりもだいぶ良くなってきた頃、患者さんからもっとも気になっていることを打ち明けられました。それは、火傷によって顎と首の皮膚が癒着したのを引き剥がしたことによる、縫合痕でした」
心を解き放ち、抱えているコンプレックスに一緒に向き合うこと。そして持てる技術でそれを修正していくことが牧野氏の使命であり、これまで多くの人たちの精神を救ってきた。
印象的だった「もう少し生きていられる」という言葉
患者の悲痛な叫びに寄り添う
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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