認知症を患った老女の一代記は「意地悪でも朗らかでもない新しいおばあさん像を提示」/『ミシンと金魚』書評
―[書店員の書評]―
世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。ここが人と本との出会いの場になりますように。
田舎に住む祖母の家に行くたびに、昔の写真を見せてとせがむ子供だった。白黒のアルバムの中で、今の面影を少しばかり残しつつもまるで別人のような祖母や、子供時代の母や叔母の姿を見つけては不思議な気持ちになった。私が生まれた時から、私にとっての祖母はずっと「おばあちゃん」だし、母は「お母さん」である。けれど写真の中で微笑む彼女らは、ひとりの女性で、ひとりの少女だった。
永井みみ『ミシンと金魚』は、認知症を患った老女の一代記だ。2022年に刊行された際に読んだ時の衝撃を、今でも鮮明に思い出せる。2年の月日が経ち、先日文庫化されてもなお単行本を一等地に置き続けているほどに、私はこの小説を愛している。
物語は、主人公の「カケイ」がデイサービス職員の「みっちゃん」と共に、病院の待合室で診察を待つシーンから始まる。カケイは誰も相槌を打たなくともよく喋る。例えばこんなふうに。
「まあ若いときは誰だって、あたしだって、自分だけはとしよりにならないぞ、とこころに誓って、としよりを厄介者あつかいしてたんだから、仕方ない。けど、しらないあいだに少しずつ少しずつとしよりになって、気がついたら誤魔化しようのないくらいとしよりになってるってのは、厄介者あつかいしたときの因果応報かもしんない。で、案の定、厄介者あつかいされちゃう。やったことをやられっちゃう。」
「けど、はずかしいなあ。おむつあててて、ガニ股で、手を引かれて、えっちらおっちら赤ん坊歩きするまで長生きするなんて、正直おもってなかったなあ。」
どきっとする。自分の祖母もこんなふうに思っていたりするのだろうか。なんで想像したことがなかったのだろう。祖母だけでなく、街ですれ違う老女も、喫茶店で談笑する老夫婦の妻も、さまざまな感情に溢れたひとりの女性であるのに。
けれど診察をする女医はカケイを軽んじる。診察結果はみっちゃんのみに伝え、カケイの質問は聞こえない振りをし、興奮状態を鎮めるためだけに、以前問題がみられた抗躁剤を処方する。寡黙ながらも、女医に対してぴしゃりと制するみっちゃんに、読者はほっと胸を撫で下ろす。
帰り際に車椅子を押しながらみっちゃんは言う。「カケイさんは、今までの人生をふり返って、しあわせでしたか?」。思いもよらない質問に面食らい、即答出来なかったカケイはゆっくりと自らの半生を回想し始める。
カケイの母は苦労人で、カケイを生んですぐに死んでしまった。継母には暴力を振るわれ、貧しく辛い幼少時代を過ごしたが、壮絶な環境は大人になっても変わらない。夫は蒸発し、望まぬ妊娠を余儀なくされ、愛する娘も亡くしてしまう。おまけにこうして老人になってからは、亡くした息子の嫁からひどい扱いを受ける。と、こう書くとカケイの凄惨な人生に暗澹たる気持ちになるのだが、方言混じりのユーモラスな語り口や登場人物の人となりが、物語を共感と驚きに満ちたものに昇華させる。
手に職をつけよと言われ、貧しくもひたすらミシンを踏んできたカケイ。わずかな給料や貯金ですら周囲に持っていかれても、それでも必死に生きてきた。
回想していくのと同時に、これまでに関わってきた人々と会話を重ねるカケイは、自分に辛くあたってきた人たちの言動に隠された本当の理由を知る。カケイの人生は、搾取され、幸せを奪われ続けただけの悲しいものだったのだろうか?
そうして物語の終盤、思いもよらなかった真実を知ってカケイは気付く。
「損した。とおもってたけど、なにかにつけ、自分は損した、自分だけが損した、と、おもってたけど、それは、おもいあがりだった」。即答できなかった「しあわせでしたか?」という問いをまた誰かに訊かれたら、つべこべ言わず、ひとことで、しあわせでしたと答えてやろう、と言うカケイに読者は救われる。きっとそれは、カケイに自らの母や祖母を重ねてしまうからなのかもしれない。良かった。カケイは紛れもなく愛されていたし、幸せだと思える日々があったのだ。それをカケイ自身が実感することが出来て、本当に良かった。
そう誰もが安堵した矢先、物語は思わぬ結末を迎える。
この小説が素晴らしいのは、物語の構成や感動的な展開だけではない。本当に素晴らしいのは、意地悪でも朗らかでもない、全く新しい「おばあさん」像を提示したことだ。よくあるステレオタイプな老人像を打破し、生身の人間として描くこと。カケイの眼差しや吐露はあまりにもリアルで、読む者の年代を超えて、きっと誰の身にも覚えがある。
文庫化にあたって収録された酒井順子の解説に、〈世の高齢女性達は、「おばあさん」という言葉の中に、押し込められている。〉と一文がある。その通りだと思う。白黒写真の中で笑う祖母にも、今の私と同じ歳の日々があった。そんな当たり前のことを、この小説は改めて気付かせてくれた。年老いても、いろんなことを忘れていっても、本質は何も変わらない。私も私のままで歳を重ねていくのだ。
評者/市川真意
1991年、大阪府生まれ。ジュンク堂書店池袋本店文芸書担当。好きなジャンルは純文学・哲学・短歌・ノンフィクション。好きな作家は川上未映子さん。本とコスメと犬が大好き
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