更新日:2014年04月17日 09:21

長与千種「新団体はいっぱしの企業として恥ずかしくない団体を目指す」

長与千種 3月22日、元クラッシュギャルズの長与千種が自身のプロデュース興行「That’s 女子プロレス」を開催した。5年ぶりのマット復活となった長与は、第1試合で極悪同盟のダンプ松本らと対戦。ブル中野にフォークでメッタ刺しにされ流血しながらも、最後はダンプからフォールを奪った。  だが、本当のサプライズはメインの試合終了後に起こる。マイクを持った長与は、唐突に新団体・MARVELOUSの旗揚げを宣言。「残された人生が20年か30年かはわかりませんが、大好きなプロレスのために頑張ろうと思います!」と叫んだのだ。  後日、改めて長与千種に話を伺った。まず単純な疑問として、なぜこのタイミングでプロレス界に復帰すると決意したのだろうか? 現在、長与は居酒屋2店とドッグサロンを経営。それぞれ事業は順調に軌道に乗っている。つまり長与の場合、食うに困ってプロレスに戻るというわけではまったくないのだ。むしろ生活基盤を考えるなら、戻らないほうがいいように思えるのだが……。 ⇒【前編】はコチラ  新団体で長与が若手に教えようとしていることは、人を惹きつける力。すなわちそれは選手のセンスや感受性にも直結する内容といえる。単純なテクニックの話ではないだけに、長与自身も「伝えていくのが非常に難しい」と素直に認める。だが、それゆえにやりがいも感じている様子だ。 「この前の大会でも、世IV虎(鑑別所上がりのヤンキー系ヒールレスラー)に暴走族のコたちを紹介しようかと思ったんですよね。本物の族と一緒に入場したら、リアリティがあって最高じゃないですか。マイケル・ジャクソン『今夜はビート・イット』のPVにも本物のギャングが出たっていうしさ。紫雷イオ(器械体操のキャリアを持つルチャ系レスラー)だったら、中国雑技団と一緒に入場してピョンピョン跳ねるとかね。そういう自己プロデュース力とか演出方法っていうのも、レスラーには必要ですから」  女子プロレスというジャンルに愛はあるが、もちろん趣味や道楽で新団体を旗揚げするわけではない。ビジネス上の勝算があるからこそ、今回、長与は立ち上がったのだ。既存のプロレス団体にはないMARVELOUSのビジョンについて、次のように語る。 「地方に打って出たいと考えています。今は週末になると、東京近郊だけで8大会も10大会もプロレスが行われているんですよ。これはなぜかというと、地方に行くとそれだけ経費を抱えることになるし、観客動員数も都内ほどは読めないんですよね。要するにスケジュールが東京中心なのは、ファン目線の話ではない。そんなの、興行をする側の論理なんです。ただプロレスラーっていうのは競走馬と同じで、地方で叩き上げられる部分がある。それに地方にもプロレスを求めている人たちがいるけど、なかなか簡単に東京まで出ることはできないですし。だったら、こちらから地方に出向くまでというわけです。今はSNSも盛んですし、地方でも口コミ効果が期待できる。そこには大きなビジネスチャンスがあるんです」  2005年、自身の団体・GAEA JAPANを解散させた長与は、プロレスの世界を離れて店舗経営に集中(例外として1試合限定での復帰はあり)していた。中学卒業後、すぐに全女入りした長与にとって、プロレス界以外の人たちとの交流は新たな発見の連続だったという。そして、“マット界の常識は非常識”と知ることになる。 「私は商売の関係で法人会に入っているんですけど、社長さんたちと話していると目から鱗が落ちることばかりですよ。たとえば偉い人ほど、早くお店に入ってトイレ掃除をしたりすることがあるんですね。すごく腰が低くて、謙虚ですし。どんなに苦労しても、周りに感謝の気持ちを忘れないですし。プロレス界には、そういう部分が皆無(笑)。お金の面がドンブリ勘定だったり、なあなあの口約束がまかり通ったり……企業体としていい加減すぎますよ。自分も今まで何度も“なぜプロレスラーは保険に入れないんだ!”って保険屋さんとケンカしてきたけど、考えてみたら彼らがそう言うのも当たり前の話でね(苦笑)。プロレスラーは、どこかでバカばかりだと思われているわけ。でも、そんなふうに舐められるのも当然の話で、これまでレスラーは社会人としての意識が低すぎたんです」
長与千種

3・22「That's 女子プロレス」ではダンプ松本から見事なフォール勝ちをおさめた

 このような経験から、MARVELOUSは“いっぱしの企業として恥ずかしくない団体”を目指すという。既存のプロレス団体に多く見られた“個人商店”としての企業風土から脱却し、きちんと事業税を納める法人にならないといけない。そのように長与は力説する。おそらくこのような発想自体、プロレスラーの中から出てくるのは珍しいのではないか。  不世出の天才レスラーと呼ばれた長与だが、自身の選手生活を「とにかくいつも他人と違うことをやろうとしていた」と振り返る。男子プロレスのエッセンスを取り入れるために、ビデオは擦り切れるまで鑑賞。ヘッドロックひとつとっても、雑誌の記事からヘッドロックをかける写真ばかりスクラップして研究し、独自のスタイルを編み出した。 「でも、そんなの別に努力じゃないんです。真面目かっていわれたら、そんなこと全然ないですし。そのときは単純に楽しいからやっていただけでね。だから自分がこれから若いコたちを育てるにあたって、一番言いたいのは実はそこなんです。“まずは自分自身が楽しんでくれ”って。じゃないと、お客さんにも楽しさが伝わらないですから。観ていてワクワクする、おもちゃ箱をひっくり返したような団体にしたいですね」  話を聞いていても、とにかく生半可な覚悟じゃないことが伝わってくる。既存のプロレス団体にはない、新しい価値観を作ろうとしているのだ。女子プロレスで団体プロレスを新たに立ち上げることは容易なことではないが、天才・長与千種なら再びプロレスを世間に届かせることも可能かもしれない。「すべてを注ぎ込む」と語る長与の決意に、期待せずにはいられない。 <取材・文/小野田 衛 撮影/丸山剛史> 【長与 千種】 ながよ・ちぐさ 64年12月8日生まれ。長崎県出身。80年8月8日、田園コロシアム、大森ゆかり戦でデビュー。84年8月にライオネス飛鳥とクラッシュギャルズを結成し女子プロレス黄金時代を牽引した。 ●長与千種オフィシャルサイト「MarvelCompany(http://www.marvelcompany.co.jp)
おすすめ記事