カネで読み解くビジネスマンのための歴史講座「第12講・アメリカに必要なものは永遠に続く戦争カネ」

政府諮問機関委員に就任宣誓するチャールズ・エドワード・ウィルソン(左)、

政府諮問機関委員に就任宣誓するチャールズ・エドワード・ウィルソン(左)

 ハイパーインフレはなぜ起きた? バブルは繰り返すのか? 戦争は儲かるのか? 私 たちが学生時代の時に歴史を学ぶ際、歴史をカネと結び付けて考えることはほとんどありませんでした。しかし、「世の中はカネで動く」という原理は今も昔も変わりません。歴史をカネという視点で捉え直す! 著作家の宇山卓栄氏がわかりやすく、解説します。

タフト・ハートレー法

 1951年、冷戦を背景にアメリカは軍拡路線に転向します。しかし、それまで、軍需産業労働者たちは、労働運動を活発におこなっていました。全国で労働組合は1400万人の加盟者を集め、年間500万人規模のストライキを展開し、賃上げの要求をしていました。  大戦中、ストライキを自粛し、戦時動員に従事していた労働者が、戦争の勝利の果実を求め、賃上げ要求したことは自然なことでした。しかし、1951年までの国防予算は取り決めにより、予算総額の3分の1に制限されており、労働者の賃上げに応えることのできる原資がありませんでした。  共和党が多数を占めていた議会は1947年、労働運動の拡がりを警戒し、タフト・ハートレー法を成立させます。共和党はニューディール政策の一貫として制定されたワグナー法(労働組合法)を有害なものと見なし、タフト・ハートレー法で、ストライキを制限しようとしました。  しかし、これはほとんど効果がなく、労働運動は激しさを増すばかりで、国家の安全保障の基幹をなす軍需産業の機能が損なわれる由々しき事態に陥ります。

GEのウィルソン

 GEゼネラル・エレクトリック社CEOチャールズ・エドワード・ウィルソンは、トルーマン政権下で、政府参謀として力を持ち、労使交渉の問題などで、強硬な内容の提言をしていました。ウィルソンは1946年に次のように述べています。 「今日、アメリカが直面している課題は、外敵としてのソ連、そして内敵としての労働者、これら2つの敵をどのように征圧するかということだ。」  ウィルソンの言う「外敵」と「内敵」の両方を封じ込める方法は唯一、軍拡の予算を大幅に拡大することであったのです。  軍需産業の拡大は労働者にとって、最もありがたみのある政策でした。冷戦における安全保障のコストという名目で、賃金上昇のための予算額が引き上げられ、会社が倒産することもなく、雇用が安定します。軍需産業の労働者賃金は民需産業のそれよりも、20~30%程度高かったのです。軍需産業は国内外の企業との過剰な競争にさらされる心配もなく、労働者にとって働きやすい環境を提供しました。

政・労・使の癒着

 軍需産業における労働者は労働貴族化し、自らの権益を守るために、労働運動を活発に組織し、その組織率は全国で50%に達します。強力な組合を背景に、激しい労使交渉が毎年、おこなわれました。政府は常に、経営側に対し、組合に譲歩するよう指示し、予算額を拡大しました。  繰り返される賃上げによって、軍需産業は高コスト体質化していき、この体質が民需産業にまで波及し、1970年代以降、アメリカ産業は国際競争力を失い、日本やドイツの産業に追い落とされていきます。  軍需産業は労働者の雇用を支え、一方、軍需産業を擁護する議員は労働者票を獲得しました。政・労・使の三者が密接に結び付き、アメリカ社会において、巨大な権益を形成しました。前述のGEのウィルソンは「アメリカに必要なものは永遠に続く戦争である。」と言っています。 【宇山卓栄(うやま・たくえい)】 1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。予備校の世界史講師出身。現在は著作家、個人投資家。テレビ、ラジオ、雑誌など各メディアで活躍、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説することに定評がある。最新刊は『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)。
世界史は99%、経済でつくられる

歴史を「カネ=富」の観点から捉えた、実践的な世界史の通史。

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