日本の歴史 本当は何がすごいのか【第2回:文字のない時代に生まれたゆえの神話の美しさ(続)】

柿本人麻呂の歌碑

柿本人麻呂の歌碑(山辺の道)

神話は民族の魂の記憶


 世界には数多くの神話があります。ギリシャ神話、エジプト神話、旧約聖書で語られるユダヤ神話、すべてが文字のない世界で口承されてきたものです。

 ギリシャ神話はこの世を統治するゼウス以来の神々を物語ります。ユダヤ神話は一つの絶対的な神がダビデの世界を、ユダヤ民族をしっかりと守ることを物語ります。いずれも尊い統治者の存在があって、その統治者をあがめ、敬うことで人間の世界が安らぐ形になっています。二つの神話は、人間の世界には統治者の存在が必要不可欠であることを示しています。『古事記』の神話も例外ではありません。尊い天皇がいることは、私たちの祖先にとってもきわめて自然なことだったのです。

 世界の神話の多くが非常に断片的な記述であるのに対し、日本の神話は、神の世界と人間の世界の間にある国津神(日本の国土に土着する神)の物語を大変具体的に記しています。これは日本の神話の特徴で、物語に統合性と連続性が見られるのです。著名な文化人類学者であるレヴィ=ストロースは、このような神話は世界に類例がないと高く評価しています。

 これに対して『日本書紀』は、文字を知った人間が歴史として編纂したものです。しかし、近代歴史学のように分析したり解釈したりはしません。このことは一つの事柄についていくつもの話があることを併記する態度に表れています。余計な分析や解釈を加えていないのは、当時の人々が、神話から続く歴史が魂の記憶であることを十分に理解していたからです。

『万葉集』を代表する柿本人麻呂も山上憶良も、きわめて個人的な心情や生活事情を詠う歌人でした。しかし同時に、天皇を敬い、寿ぐ歌を素直に詠む歌人でもありました。天皇とは、民族の魂が記憶したものを目の前に現出する尊い存在であるということを知っていたというより感じていたからです。私たちも民族の魂の記憶である神話を、自分の魂で感じ、受け止めるようにしたいものです。

(出典/田中英道著『日本の歴史 本当は何がすごいのか』育鵬社)

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』(いずれも育鵬社)ほか多数。

日本の歴史 本当は何がすごいのか

知っていますか? 日本の“いいところ" 伝統と文化の魅力がわかる14話




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