日本の歴史 本当は何がすごいのか【第3回:言葉が作られるはるか以前から日本にある「形の文化」】

出雲大社の注連縄(縮小)

出雲大社の注連縄

文字のない時代の豊かな「形の文化」

「初めに言葉ありき」。聖書にはそう書かれています。これは西洋文化の特徴の一つです。言葉、文字で書かれたものが文化であるという考え方です。中国もそうです。甲骨文字にはじまって、漢字文化をつくり上げました。どちらも、文字こそが文化であるという考え方です。  日本はどうでしょう。日本は大陸から入ってきた漢字を利用してそれまで口伝えだった言葉に当てはめ、平仮名、片仮名を考案し、日本語の文字を完成させました。日本語による文献として最初期に著されたのが『古事記』と『日本書紀』です。  そのためか、『記紀』の成立した八世紀が日本文化のはじまりで、それ以前は文化があったとしても非常に貧弱で原始的なものだったとする考え方があります。実際、縄文、弥生、古墳時代の日本をまるで原始時代のように書いている歴史書のなんと多いことでしょう。これは西洋や中国の考え方に支配されているのです。  しかし、実際はそうではありません。日本にはそのはるか以前から豊かな「形の文化」がありました。形はそれ自体、文字に置きかえて説明しなくとも、形そのものがすべてを物語っています。そういう「形の文化」が日本にはあるのです。  たとえば縄文土器です。土器の表面には縄目の文様がついています。これは土器をつくるときに、まだ柔らかい表面に縄を押しつけて転がし、縄目模様をつけたのです。  なぜそんなことをしたのでしょうか。考古学者は文字で書かれたものがないからわからないといいます。でも、文字に頼らず「形の文化」という視点で見れば、縄目の文様をつけた、当時の人々の心が浮かんできます。  神社拝殿の正面に張られたり、神木とされる巨木の幹に巻かれる注連縄。お正月の玄関飾り。縄はその内側のおそれ多いもの、うやうやしいもの、神聖で清らかなものに外側の穢れが混じらないように仕切る境界です。それが縄に込めた日本人の心なのです。土器は食糧を貯蔵したり煮炊きに使ったりします。土器の中に入れられるのは生命をつなぐ大事な食べ物です。清らかでなくてはなりません。穢れてはなりません。縄目の文様──縄文はそのことを形で示しているのです。  また、縄文土器の一つである火焔土器は、燃え上がる炎のように、ダイナミックで躍動的な装飾性の強い造形です。縄文土器には、ほかにも水の動き、雲の動き、あるいは鹿の角を表現したような形もありますが、これらは人間をはるかに超えた恐ろしい力をもつ自然、同時に豊かな恵みをもたらしてくれる素晴らしい力を備えた自然をおそれ敬う気持ち、感謝する気持ちを形にしたものなのではないでしょうか。 (出典/田中英道著『日本の歴史 本当は何がすごいのか』育鵬社) 【田中英道(たなか・ひでみち)】 東北大学名誉教授。日本国史学会代表。 著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』(いずれも育鵬社)ほか多数。
日本の歴史 本当は何がすごいのか

知っていますか? 日本の“いいところ" 伝統と文化の魅力がわかる14話

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