日本の歴史 本当は何がすごいのか【第4回:言葉が作られるはるか以前から日本にある「形の文化」(続)】

加茂岩倉遺跡の銅鐸(縮小)

加茂岩倉遺跡の銅鐸

茶道や能にも言葉を必要としない「形の文化」が受け継がれている


 弥生時代に主に祭器として使われていた銅鐸は、それ自体に形態美があり、表面には、幾何学的な線状の模様の中に、鹿狩りや米つき、高床式の建築(香川県出土)など、当時の生活の一部が描かれています。それらを改めて文字で説明したり、論じたりする必要はありません。そういう「形の文化」の豊かさが日本には早くから成熟していたのです。そこには日本が島国であるという条件も働いていました。形だけで共通のものを感受する同質性が、日本にはあったということです。

 では、日本の「言葉の文化」はどうだったのでしょう。「形の文化」は豊かでも「言葉の文化」は貧弱だったのでしょうか。そんなことはありません。そのことは日本語の文字ができるのとほとんど同時に『記紀』が成立し、『万葉集』が編まれたところに現れています。それ以前、文字文化はなくとも口承文化が発達していたのです。

 大陸から来た人々は、北東アジア、中央アジアからやってきたアルタイ語系の人々が多く、彼らは直接対話を好む民族でした。東南アジアから来る人々もいましたから、それらが混交して言語が形成されていったと考えられています。

 その口承文化にも「形の文化」は歴然です。日本語のもつリズムを五音七音に凝縮して構成される和歌。和歌でもっとも重要なのは、この五音七音という形なのです。

 漢字を利用することからはじまった日本の文字文化は、これを完璧なまでに日本語として消化し、発達させました。それは次々と現れる文学作品が雄弁に物語っています。

 また、円熟した文字文化の中にも、言葉を必要としない「形の文化」は受け継がれ、息づいています。のちに日本文化の代表とされる茶道や能などは、その奥義を伝えるとされる文書を読んでも、書かれていることは簡潔で、それだけではとても真髄を理解することはできません。たとえば茶道です。茶室という狭い空間。畳と障子と土壁で構成された佇まい。茶道具。きちっと定められた作法。それらの「形」が茶道を物語るすべてなのです。たとえ百万の文字を費やしても、形以上のものをつかみ取ることはできません。

 日本文化の基底ともいうべき「形の文化」を受け継ぎ、大事にしていかなくてはなりません。それは歴史と伝統に宿る日本の精神をつかみ取ることでもあるのです。

(出典/田中英道著『日本の歴史 本当は何がすごいのか』育鵬社)

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』(いずれも育鵬社)ほか多数。

日本の歴史 本当は何がすごいのか

知っていますか? 日本の“いいところ" 伝統と文化の魅力がわかる14話





関連記事