日本の歴史 本当は何がすごいのか【第5回:神道そのものであった前方後円墳に込められた精神性】

稲荷山古墳(前方後円墳)(縮小)

稲荷山古墳(前方後円墳)

古墳は神道そのものの現れ


 ほぼ3世紀中ごろから7世紀ごろまで、盛んに古墳がつくられました。円墳、方墳、上円下方墳などいろいろな形がありますが、なんといっても、中心となったのは巨大な規模を特徴とする前方後円墳でしょう。この形の墳墓は朝鮮半島にも十数基の例が確認されていますが、日本独特のものといえます。それだけに前方後円墳には日本人の死者を神とあがめる精神性の根源が込められているといえます。

 当時は表面全部に石が敷きつめられ、周りや頂上には死者にまつわる人物、家屋、馬などをかたどった埴輪や、円筒形の埴輪が並べられました。

 このように美しく、盛大に祭られたのは、死者を悼むという目的のためだけではありません。死者は神になるという考えがあったからです。人は死んで神になる。神になってこの世を見守っている。そう信じられていたから、大事に葬り、あがめたのです。

 特にこの世で一つの共同体を率いた長に対しては、この信仰は強いものがありました。死んであの世に行っても、その御霊は神となって、この世にいたときと同じように共同体と結びついているのです。だから、前方後円墳のような立派な墳墓に葬られるのは共同体の長でした。

 共同体の長の最たるものは大王です。だから、大王を祭る前方後円墳は巨大化し、基底部がエジプトのクフ王のピラミッドや秦の始皇帝の墳墓より大きいものが出現します。この大王が白鳳時代以降、天皇と呼ばれるのです。

 自然のあらゆるものに神が宿るという自然信仰、死者は神になるという御霊信仰、中でもその御霊の最高の存在である皇祖霊信仰、この三つが前方後円墳に込められた古代日本人の精神性だったのです。そして、この三つの特色をもった信仰は神道そのものでもあります。古墳文化は日本人の精神の根底にあった神道と結びついたものであり、その現れなのです。

 その後、日本人の精神性に影響を及ぼす信仰が次々に入ってきました。道教が入ってきました。儒教も入ってきました。そして何よりも大きな影響を及ぼしたのは仏教です。このために仏教を奉じる蘇我氏とこれに反対する神道の物部氏の間に深刻な対立が起こったほどです。

 この争いは蘇我氏の勝利で終わりましたが、だからといって、神道がなくなってしまったわけではありません。並存されました。そこで大きな役割を果たしたのが聖徳太子です。

(出典/田中英道著『日本の歴史 本当は何がすごいのか』育鵬社)

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』(いずれも育鵬社)ほか多数。

日本の歴史 本当は何がすごいのか

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