日本の歴史 本当は何がすごいのか【第6回:神道そのものであった前方後円墳に込められた精神性(続)】

今城塚古墳の埴輪群(縮小)

今城塚古墳の埴輪群

なぜ寺院の建立とともに古墳は姿を消したのか?


 聖徳太子は法隆寺を建立したことで知られるように、仏教を厚く信仰しました。神道は前方後円墳のあり方でもわかるように、主に氏族とか同族とかの共同体を中心にした共同信仰です。みんなで一緒に信仰するものでした。聖徳太子は仏教を個人のレベルでとらえたのです。共同体の死者の御霊が神になるように、個人、一人ひとりも死ぬと仏になると考えて信仰したのです。神道が共同宗教なら、仏教は個人宗教といえるでしょう。そして、どちらも神と仏と言葉は違っても、御霊が神になる、御霊が仏になるというのは、ほとんど同じ考え方です。だから、日本人は神道も仏教も同じ感覚で受け入れ、信仰することができました。

 これが神仏習合です。この神仏習合が日本人の精神性をどれだけ豊かにしたかは、計り知れません。日本の精神文化の根っこには神道があるのです。根っこである神道は、その部分が外に出ていないので、ともするとないように見えますが、仏教、儒教、道教などの枝葉をしっかりと支えているのです。これこそが日本人の精神性の根源であり、私はそれを「やまとごころ」と呼んでいます。日本の神々は、仏教のさまざまな仏が化身となって日本の地に現れたとする本地垂説は、のちの仏教が盛んな時代に生まれた考え方で、実際は、その逆で、神道が基本にあるのです。

 古墳には埴輪もたくさん納められました。これは殉死者が多かったために、そのかわりにつくられたものだという『日本書紀』にもとづく説もありますが、埴輪は人間像だけではありません。家も、動物も、円筒形のものもあります。これらはやはり、万物に神が宿るという、自然信仰、御霊信仰の現れで、霊の存在だから、現実の存在と区別して、あどけなく、子供のような姿形につくられていると思われます。現実の存在をかたどったものではないのです。

 古墳に込められた自然信仰、御霊信仰、皇祖霊信仰という神道の要素を源流にして、神仏習合が日本人の精神性を豊かに育んできたのです。

 寺院が建立されると、古墳は姿を消します。寺院の五重塔は仏舎利(釈の骨)を納めるところでもありますが、人々の御霊を納める墓所も設けられ、古墳を代替するものになったのです。

(出典/田中英道著『日本の歴史 本当は何がすごいのか』育鵬社)

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』(いずれも育鵬社)ほか多数。

日本の歴史 本当は何がすごいのか

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