【連載小説 江上剛】 一緒に、墓に入ろう。Vol.2

メガバンクの常務取締役執行役員にまでのぼりつめた大谷俊哉(62)。これまで、勝ち馬に乗った人生を歩んできたものの、仕事への“情熱”など疾うに失われている。プライベートはといえば、妻はもとより、10数年来の愛人・麗子との関係もマンネリ化している。そんな俊哉が、業務で霊園プロジェクトを担当している折、田舎の母の容体が急変したとの知らせを受け……順風満帆だった俊哉の人生が、少しずつ狂い始める。 「墓じまい」をテーマに描く、大人の人生ドラマ―― 経営会議の最中、さきほどから心ここに非ずの俊哉に、突然、頭取の木島から振られた議題とは……!?

第一章 俺の面倒は誰が見るの?Vol.2

「多摩支店が行っている霊園開発プロジェクトの進行状況はどうだね」 木島が質問すると、出席している役員たちの視線が一斉に俊哉に集中した。 今は、霊園プロジェクトが議題だったかな? あれれ? 俊哉は、資料を慌ててめくった。どこにも霊園プロジェクトのことは書かれていない。もっと深刻な議案だ。A機械という機械メーカーが債務超過に陥りそうだが、支援を継続するか否かという内容だ。 しかし俊哉は、ぼんやりと窓の外の景色を眺めていたので何がどうなっているのか状況を理解していない。なぜ木島が霊園プロジェクトの質問をしたのかが分からない。 「はあ?」 俊哉は、木島に向かって曖昧な笑みを浮かべる。 「聞いてなかったのか?」 木島がむずかしい顔をする。 「いえ、まぁ」 冷や汗が出そうになる。 「ここにね、A機械が工場空き地に霊園を作って分譲すると書いてあるものだからさ。多摩支店の案件はどうなったかなと思ったのさ」 「は、はい。あの案件は順調と言えば、順調ですが、地上げが今一歩手間取っておりまして……はい……」 なんとか答えた。先日、支店長が報告に来たのを記憶していたのが幸いした。 木島が質問した霊園プロジェクトは、マンションなどを開発していた地元不動産デベロッパーが、ゴルフ場を開発しようとして頓挫した山林に霊園を開発しようというものだった。しかし土地の一部を保有している地主がごねているため、中断していた。多摩支店は、その状況報告に俊哉を訪ねてきたのだ。
霊園

写真はイメージです

「そうか……」木島は残念そうな表情をした。 「期待しているんだよ。あの場所は、我が家からも近いからね。完成したら、ひと区画、譲ってもらいたいと思ってね。私も墓がないから」 「頭取は、確か、徳島にご実家があるのでは……」 木島は徳島県出身だ。 「実家は徳島と言っても、東京の生活が中心だしね。たしかに実家に墓があり、今では長男が早く亡くなったから、その息子、私の甥だけどね、彼が墓を守っているけど、そこには入れないよ。妻は嫌だと言うに決まっているさ。なにせ山の中の寂しいところだからね。お参りに来るのはサルかイノシシだよ、はははは」 木島は、自分の冗談に自分で笑った。 隣に座る副頭取も笑ったものだから、会議出席者全員が、笑うことのお墨付きを得たように笑い出した。 すると、木島が真面目な顔になり「笑い事じゃない」と言った。 急に全員が押し黙った。まずいという顔で口に手を当てているものもいる。 「この中で、墓がある者は手を挙げなさいよ」 木島が促す。 部長も含めて三十人ほどの出席者の中で三分の一ほどが手を上げた。 「君は? 能瀬さん」 営業第一部で大企業を担当している執行役員、能瀬潔が木島から差された。手を上げた一人だ。 「私は、東京出身でして青山墓地に先祖からの墓がありますので……」 墓がないと発言した木島に遠慮するような口調だ。 「羨ましいね。君のおうちは、明治時代に東京に出てきて成功されたからな」 能瀬の先祖は鹿児島出身で戦前まで華族だった家柄だ。 「ははぁ、先祖のお陰です」 能瀬が苦笑する。 「能瀬君のような人もいるがね、普通は、墓の心配をする人が多いんだ。だからあの霊園プロジェクト、成功させてくれよ」 「分かりました。多摩支店の支店長と連携しまして、なんとか早期に開発できるようにいたします。完成しました暁には、頭取の墓も用意するようにいたします」 俊哉は、真面目な顔で答えた。 「おいおい、まだ殺さないでくれよな」 木島は、周りを見渡しながら苦笑した。 木島が笑ったために、ふたたび会議室に笑いが戻った。 「いえ、そんなつもりでは……」 俊哉は、冷や汗を滲ませながら、ばつが悪そうに俯いた。
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長引く経営会議のなか、時間ばかりが気になっていた。俊哉がその夜、向かった先とは……?
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