日本の歴史 本当は何がすごいのか【第9回:思いのまま自己を表現している『万葉集』の重要性】

大伴家持歌碑(縮小)

『万葉集』の編者と思われる大伴家持の歌碑

『万葉集』は世界最大・最古の選詩集


 11世紀にできた『栄華物語』によると、『万葉集』は天平勝宝5(753)年、孝謙天皇が左大臣橘諸兄に編集を命じられたことになっています。しかしその後の研究で、量的に全体の十分の一を占める歌人の大伴家持が編者であろうという説が強まっています。

 いずれにしろ、『万葉集』は驚嘆というのがふさわしい歌集です。7、8世紀に詠まれた和歌4516首を集め、しかも、それらの和歌を詠んだのは天皇から庶民まで、あらゆる階層にわたっています。

 これだけの詩歌を批評的に選択し、編集する事業は、この時代と人々の文化水準の高さを表しています。また、これだけの和歌を選ぶのに、その背後でどれだけの和歌が詠まれたかを考えると、気が遠くなります。当時の文化的裾野の広がりと深さを思わずにはいられません。

 『万葉集』は日本最古の歌集というだけではありません。編まれた時代といい集められた量といい、世界最古にして最大のアンソロジー(選詩集)といっていいでしょう。

 もちろん世界を見渡せば、アンソロジーに限っても、『万葉集』より古いものはあります。ギリシャの詩人メシアグロスが編集した『花冠』は紀元前7世紀から紀元前3世紀までの詩を集めています。しかし、詩人の数は47人にすぎません。

 中国の『詩経』も古くて、紀元前1100年ごろから紀元前600年ごろまでの作品を集めています。しかしこれも約311編です。『万葉集』には遠く及びません。

 量ということなら、『ギリシャ詞華集』が詩人約300人、作品4000編以上を集めています。でも、これが完成したのは14世紀です。

 いずれにせよ、このような数字を並べても大して意味はありません。問題は中身です。

 日本に帰化した文学史家、ドナルド・キーン氏が世界の視点で『万葉集』を論じています。氏が何よりも注目するのは、詩型の多様さに加えて、語彙の豊かさ、題材の豊富さです。世界的に見て、語彙の豊かさは例外的であるといっています。そして、天皇の国見の歌から恋の歌、生活の歌など、題材の豊富さは世界的に見て稀であるとも述べています。

(出典/田中英道著『日本の歴史 本当は何がすごいのか』育鵬社)

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』(いずれも育鵬社)ほか多数。

日本の歴史 本当は何がすごいのか

知っていますか? 日本の“いいところ" 伝統と文化の魅力がわかる14話





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