渡部昇一氏を偲んで(第3回)

渡部昇一先生(書斎で・その3)

自宅書斎での渡部昇一氏

人生のモデル


 渡部昇一氏に大きな影響を与えた人物の一人に、郷里である山形県鶴岡の恩師・佐藤順太氏がいる。敗戦直後の鶴岡第一高校に、英語の先生として隠居の身から急遽、復職された方である。

 渡部氏は多くの著作の中で佐藤氏についてその思い出を述べているが、鶴岡という地方都市にいながら、膨大な和漢の書とともに暮らすその“知的な生き方”に触発され、いずれは自分も佐藤氏のような人生を送りたい、と願ったのである。

 そしてその願いは現実のものとなった。氏の蔵書は世界的なレベルといっても過言ではない。その質と量において、一般的な公立図書館をはるかにしのいでいる。その様子は『渡部昇一青春の読書』(WAC)などをご覧になればおわかりいただける。

 渡部氏は、常々「自分もあの人のようになりたい」という“人生のモデル”を持っていたと思える。そうしたモデルとなった人物には、佐藤順太氏のほかに、本多静六氏(林学博士・造園家・株式投資家。日本の「公園の父」といわれる)、ヒルティー(スイスの法学者・宗教思想家。『眠られぬ夜のために』の著作で知られる)、白川静氏(漢文学者・東洋学者。『字統』『字訓』『字通』の字書三部作で知られる)らを挙げることができる。

 かつて、渡部氏と白川静氏との対談に同席させていただいたことがある。

 70歳を越えた渡部氏が、90歳を越えた白川氏と対面されているときの様子は、大学者の言葉を一言も聞き漏らすまいとする書生のように真剣で、白川氏への尊敬の念に満ちていた。90歳を過ぎても頭脳明晰、健啖にしてユーモアにもあふれ、日々学問に精進されている白川氏の姿に、渡部氏が自身のこれからのイメージを重ねていたことは間違いない。白川氏が、俗にいうエリートコースを歩んできたのではなく、苦学をしながら、自力でわが道を拓いてきたことに対する共感もあったと思う。

 多くの方と対談をされてきた渡部氏だが、とりわけ、様々なテーマについて、何度も語り合ってきた谷沢永一氏、そして、たった一度だけだった白川静氏との対談は、氏にとって特別の意味があったのではないか。

大人のための歴史教科書


 さて、今回も氏の著作について述べてみたい。

『決定版・日本史』(平成23年/2011年 育鵬社刊)は、氏が日本の通史を初めて1冊で著した“「渡部日本史」の決定版”だ。

 それまで氏には、分冊での日本通史はあったが、1冊にまとめられたものはなかったのである。

 「この1冊を読めば、日本史がわかる」という本をつくってみませんか、という提案に快諾され、口述取材を経て出来上がったのがこの本だ。「いずれ渡部氏のこんな本を出してみたい」という願いがかなった本でもある。

 同書は平成26(2014)年に文庫化され、『[増補]決定版・日本史』(扶桑社文庫)として版を重ね、現在15刷となっている。

 その結びに、氏はこう述べている。

「『われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか』という問いが発せられるとき、その答えのヒントとなるもの、それが自分の国の歴史である。幸いにして日本には世界に誇れる歴史がある。この素晴らしい歴史を鑑(かがみ)として、今一度、誇り高き日本を取り戻さなくてはならない。それはこの時代を生きる日本国民全員に与えられた使命であると思うのである」

(育鵬社編集長・大越昌宏)

[増補]決定版・日本史

著者が初めて1冊で著した日本通史。これこそ「渡部日本史」の決定版!





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