渡部昇一氏を偲んで(第4回)

歴史通は人間通の書影

渡部昇一語録の決定版『歴史通は人間通』(育鵬社)

読書の醍醐味


 渡部昇一氏といえば、とにかくたいへんな読書家であった。

 打ち合わせや口述取材の際には、ご自宅に近いホテルのティーラウンジで待ち合わせとなることが多かったが、約束の時間の少し前にうかがうとすでに渡部氏の姿があり、本を読んでいる。そんなときは、「すみません。お待たせしました」と言ってご挨拶をした。約束の時間までには、たいてい、まだしばらくの時間がある。そんなときは、せっかく氏が楽しんでおられる時間に割って入るような後ろめたさのようなものを感じたものだ。ティーラウンジでの読書の時間、それが細切れのものであっても、氏にとってはかけがえのないひとときではなかったか、と思う。

『WILL』(2017年7月号)に令夫人の手記が掲載されているが、その冒頭も、「とにかく本をよく読む人でした。ちょっとした待ち時間でも読み始めるし、家族で食事に出かけても、料理を待っている間は本を読んでいました」と記されている。

 読書についても、氏は様々な著作の中に、その考えを記されているが、本質を最もよくとらえていると思うものに次の言葉がある。

「人間は時間と空間に限定されて生きている。平均に生きても80年に足らず、せいぜい旅行してもそれほど多くを見るわけにはいかない。また一生の間に会う人の数、特にすぐれた人に会う数は知れたものである。ところがひとたび狭い書斎にひきこもり、書物を取り出せば、たちまち時間の制約も空間の制約も取り払われてしまう。そしてどんな時代の、どの国の偉大な思想家の考えにも触れうるのである。読書というものの不思議さは正にここにあると思う。深夜の物音一つしない書斎でこの人たちの書いたものを開けば、その人たちは眼前に立ち現れて私に語りかけてくるかの如くである」(『歴史通は人間通』育鵬社より)

知的生活


 また、渡部氏を語る際に、欠かせないキーワードが「知的生活」である。

 これについては、「渡部昇一氏を偲んで(第3回)」の中で触れた氏の恩師・佐藤順太氏のことに関連し、次のように述べている。

「敗戦はまことに口惜しかったが、同時に本当の恩師と呼ぶべき人にめぐり会わせてくれた。佐藤順太先生である。戦時中は隠棲しておられたのが、戦後、英語教師の需要が増えたため、老躯を厭わずに再び教壇に立たれたのだった。私は一回目の授業から先生に魅了されてしまった。何やら無意識にずっと求めてきた師にめぐり会ったという直感がした。

 まだ『知的生活』という言葉は知らなかったが、順太先生はまさしくそれを実践しておられ、『順太先生のごとく』というのが私の念願になったのである。英文科に進むことに決めたのも、この憧れゆえだった。

 順太先生の何に惹かれたのか…ひとことで言えば『分かったふり』は決してなさらない、『己に忠実』な方であられたところである。これを倫理道徳的な面よりも個人の進歩と向上の立場から解釈すれば、『知的正直』ということになろう」(『歴史通は人間通』育鵬社より)

 ここに引いた言葉は、いずれも『歴史通は人間通』(の中に収められている。同書は、渡部昇一語録の決定版を企図して編集した本だが、一読者として改めて読み直していると、氏の肉声が聞こえてくるような気がする。

「時間というすべてを食いつくすものに耐え、朽ちないものは書いたものであり、何かを書き残せるというのは動物と人間の一番の差です」(『歴史通は人間通』育鵬社より)

(育鵬社編集長・大越昌宏)

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