狭窄だらけの欠陥血管 [楽しくなければ闘病じゃない:心臓バイパス手術を克服したテレビマンの回想記(第3話)]
狭窄度75%
入院の準備をして病院に来たが、一気呵成にカテーテル検査に至った。カテーテル検査とは細いプラスチックの管を太ももの付け根(鼠蹊部)、または手首の動脈に刺し込んで、心臓まで通し血管の状況を調べる検査である。 心疾患の検査としては一般的だが、管を通して造影剤を送り込み、詰まっている個所や、詰まりの具合等を克明に調べる。検査は一般的といってもリスクがないわけではない。 入院患者としてのボクの担当は王琢矢先生だった。王先生は検査に入る前、CT写真検査の総括をして、石灰化が相当進んでいること、狭窄の度合は75%にまで達していること、カテーテル検査の必要性などを簡潔に話してくれた。重症度の正確な確認、それに応じた治療法の選択のために不可欠な検査だということだった。 ボクは二通の同意書にサインを求められた。一つはカテーテル検査そのものについて、もう一つは仮に輸血が必要になった時の輸血用血液使用に関するものだった。いわゆるインフォームドコンセントの確認である。「説明を受け、リスクを確認のうえ、同意しましたよ」ということの表明である。 インフォームドコンセントとは「医療は患者の自己決定によるもの」という考え方に基づくもので、検査や手術がうまくいかなかったときに病院が言い訳や責任逃れに使う材料ではない。 それはわかっていても、ボクは検査の危険性が気になっていた。「検査に関する説明書」には脳梗塞のリスクについても触れていた。それが怖かった。王先生は「もちろんその可能性はゼロではない。しかし、万全の準備をするし、スタッフ一同細心の注意を払うのでそのリスクは極めて小さい」と力説した。 あとで王先生がくれた検査説明書を丹念に読んでみると、慈恵医大病院では2年間(2009~2010年)に行った1716例の同検査で、死亡した人は0、不整脈で緊急対応をした人は1人とあった。合併症発症率も0.02%とあり、落ち着いて考えればそれほどハイリスクではない。しかし、動転気味のボクにはそんな数字は目に入らない。ひたすら脳梗塞だけは勘弁してほしいと念じつつ、同意書にサインした。まな板の鰯
ストレッチャーに寝かされて検査室に入ったが、そこでは「まな板の鰯」だった。「鯉」などという上等なものではない。ボクは左手首に局部麻酔の注射をされて、そこからカテーテルが挿入された。 鼠蹊部から入れるときは男性も女性もそのあたりを剃毛され、特に女性は羞恥心との葛藤があるということを後日聞いたが、そんな修羅も経験しないで済んだ。検査室に入ってから「脳梗塞にだけはなりたくない」と祈っていた。 するとその時、「脳梗塞予防の薬を注入します」という言葉が耳に入り、これで脳梗塞はないと安心した。あとで聞いてみると声の主は王先生だった。王先生の心使いに頭が下がった。 看護婦さんから「造影剤を入れますから熱くなりますが心配しないで」といわれた瞬間に、全身が火照った。高度狭窄のオンパレード
しばらくして検査結果が出た。まるで流れ作業のようにスムーズである。 王先生から結果を聞かされた。主要な冠動脈は右に1本、左に2本(前下行枝と回旋枝)あるが、右冠動脈の中間部に高度狭窄、左冠動脈の前下行枝・中間部~遠位部に高度狭窄、回旋枝根元の近位部・中間部に高度狭窄と「高度狭窄」の字のオンパレードだった。それを強調するように手書きの絵が添えられていた。 治療法としては三つあるといわれた。 ①開胸して足や胸の血管でバイパスを作り冠動脈と繋ぎ合わせる外科的手術。 ②ステントを留置して血管を膨らませるカテーテル治療。 ③薬物治療。しかし、もはやこの段階ではないようだった。 いずれにしてもどの治療法で行くか、カンファランスの検討次第とのことだったが、とりあえずは薬物対応ということで、その日から新しい薬が処方された。後日、王先生に確かめたところ、循環器科と心臓外科の合同カンファランスでは「病変から考えて手術しかない」という雰囲気だったという。 人は血管から老いるという。欠陥のない人間はいないが、血管に欠陥を持つ人間は治すにしくはない。 協力:東京慈恵会医科大学附属病院 【境政郎(さかい・まさお)】 1940年中国大連生まれ。1964年フジテレビジョン入社。1972~80年、商品レポーターとして番組出演。2001年常務取締役、05年エフシージー総合研究所社長、12年同会長、16年同相談役。著者に『テレビショッピング事始め』(扶桑社)、『水野成夫の時代 社会運動の闘士がフジサンケイグループを創るまで』(日本工業新聞社)、『「肥後もっこす」かく戦えり 電通創業者光永星郎と激動期の外相内田康哉の時代』(日本工業新聞社)ハッシュタグ
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