世界文化遺産から読み解く世界史【第8回:衰退した仏教文化――ボロブドゥールの仏教寺院群】

ボロブドゥール寺院

ボロブドゥール寺院遺跡群

1814年まで忘れ去られていた仏教遺跡

 ボロブドゥール寺院は、8世紀から9世紀頃、インドネシアのジャワ島中部、ジョクジャカルタの北西の約42キロメートルのところに建てられました。当時この地を支配していたシャイレーンドラ朝によって建てられたのですが、自然の丘に盛り土をしたところに切石が積み上げられています。  一辺が120メートルの基壇の上に5層の方形の壇がつくられ、その上に3層の円形壇が重ねられています。巨大な釣り鐘状の仏舎利塔(ストゥーパ)を持つ壮大な寺院跡ですが、これも遺跡です。  日本以外の国では、大きな仏教寺院はほとんど遺跡となっているということに私たちは気づかなくてはいけません。つまり、仏教が滅びているのです。ですから、ボロブドゥールなどの遺跡では、仏教が衰退し、滅んでいった姿を目にすることができるのです。  ボロブドゥールの場合は、シャイレーンドラ王朝の衰退とともに密林化していきました。そして、火山から流れ出た溶岩にも埋もれていきました。この壮麗な文化遺産が遺跡化しているということそのものが、仏教が根づかなかったことを物語っています。この辺りは後にイスラム教文化圏になっているわけです。そして、この忘れ去られていた遺跡が、再び発見されたのは1814年のことでした。

多様な日本の仏像と画一的なボロブドゥール遺跡の仏像

 ボロブドゥール遺跡を見ると、彫刻の質の高さ、美しさは見事なものです。ところが、その見事さも、よく見ると釈迦の顔が画一化して、ほとんど同じです。これは一つ一つの質は高いのですが、日本の仏像のような多様な表情や表現は見られません。一つの遺跡ですから、同じ工房、同じ人物が指揮し、つくったものと思われるので、当然、似たようなものができるわけです。  しかし、このことが何を意味しているのかというと、この地の仏教もやはり共同宗教化して受け入れられていたということなのです。みんなで釈迦に祈る、釈迦を祭るということに集中していて、祈る人個々の内面に関心が向かっていません。釈迦に対する敬愛の気持ちが、共同宗教として人々の共通の祈りとなっているのですが、そこに日本の仏教のような精神性の高さや深みを感じることができません。 (出典/田中英道著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社) 【田中英道(たなか・ひでみち)】 東北大学名誉教授。日本国史学会代表。 著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本文化のすごさがわかる日本の美仏50選』(最新刊=9月2日発売)ほか多数。
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