カネで読み解くビジネスマンのための歴史講座「第36講・ポルトガルのデフォルト」

ポルトガルの黄金時代を築いたエンリケ航海王子

ポルトガルの黄金時代を築いたエンリケ航海王子

ハイパーインフレはなぜ起きた? バブルは繰り返すのか? 戦争は儲かるのか? 私たちが学生時代の時に歴史を学ぶ際、歴史をカネと結び付けて考えることはほとんどありませんでした。しかし、「世の中はカネで動く」という原理は今も昔も変わりません。歴史をカネという視点で捉え直す! 著作家の宇山卓栄氏がわかりやすく、解説します。                   

覇権の移り変わり

 15~16世紀の大航海時代に、ポルトガルとスペインは華々しく世界へ進出しました。しかし、16世紀後半にポルトガルが、17世紀初頭にスペインが、それぞれ急速に衰退し、オランダに覇権を奪われていきます。  オランダへの覇権交代がどのように展開されたか、ということについて、歴史の概説書は詳しく説明しています。しかし、覇権交代が、なぜ生じたのかという根本理由、特に、ポルトガルとスペインが衰退した理由について、掘り下げて説明している概説書はほとんどありません。  香辛料貿易で莫大な利益を上げたポルトガル、新大陸で大量の金銀を獲得したスペイン、成功していたはずの両国の覇権が崩れていくことの原因を根本的に解明することこそが重要なのであり、オランダが覇権を確立していく様子を如何に描写したとしても、歴史の表層を追っていることにしかなりません。  前講で見たように、ポルトガルやスペインという西の辺境を、一躍、時代の雄に押し上げたのはジェノヴァの資本です。ジェノヴァの船乗りコロンブスはポルトガル王やスペイン王に、ジェノヴァの融資を元手にした新航路の開拓を薦めて廻り、ジェノヴァの銀行のセールスマンのような役割をしていました。

ジェノヴァの差益スプレッド

 ジェノヴァはポルトガルやスペインに法外な高金利で資金を拠出していました。1500年、ポルトガル国王マヌエル1世は公債の「パドラン・デ・ジュロ」を発行しますが、香辛料貿易で得た利益のほとんどを、その公債の利払いに充てなければなりませんでした。ポルトガル公債を引き受けていたのはジェノヴァでした。  図のように、ジェノヴァは公債などの引き受けを通じて、ポルトガルやスペインから高い利払いを受けます。一方、資金の預かり元であるヨーロッパ中の富裕層や投資家には、低い利払いしか与えませんでした。この利払いの差益がジェノヴァの利益でした。 差益スプレッドをいかに拡大するかということが、ジェノヴァ資本の大きな関心であり、起債などの金融技術を豊富に持つジェノヴァが、金融技術に疎い新興のポルトガルやスペインを操り、搾取していたと言っても過言ではありません。新航路開拓の情熱と狂奔の裏に、冷悧なジェノヴァ資本の計算が働いていたのです。

ポルトガルのデフォルト

   ポルトガルはインド経営の本拠地をゴアに置きます。インドからさらに、東へ進み、マレー半島に進出し、1511年、マラッカを占領します。  マラッカ海峡を押さえたポルトガルは、南シナ海、東南アジア地域に進出し、香辛料の主産地であるインドネシア西奥部のモルッカ諸島を占領し、これを香料諸島と名付け、香辛料貿易を拡大していきます。  ケープ→モザンビーク→ホルムズ→ディウ→ゴア→マラッカ→香料諸島に到るポルトガルの港湾拠点の運営には莫大な費用が投じられ、小国ポルトガルの予算だけではその費用を負担できず、ジェノヴァ資本に依存しなければなりませんでした。  結果、香辛料貿易の利益のほとんどをジェノヴァに取られ、ポルトガル王室は慢性的な財政難に陥っていました。また、香辛料貿易で香辛料の輸入量を増やせば増やす程、需給のバランスが崩れ、香辛料価格は下落し、ポルトガルの首は締まっていきました。  ポルトガルは身の丈に合わぬ、開発話に乗り、負債とその利払いに追い立てられ、疲弊していったのです。  今日でも、借金を減らすと称し、さらに多額の借金をして、事業拡大を続けていくという、蟻地獄のような経営に陥っている会社は多いものですが、ポルトガル王室もまさにそうした状況でした。  ポルトガルは16世紀後半から、借金による「事業拡大」として、北アフリカのモロッコの征服に乗り出します。ポルトガルはセウタ、タンジールなどの沿岸都市を攻略しますが、1578年、モロッコを支配していたイスラム王朝サアド朝に大敗します。  年間の国家収入の半分に相当する額の戦費が投じられたこの戦いに負け、ポルトガルは負債の返済の目処が立たなくなり、デフォルト(破綻)します。  そして、1581年、隣国のスペインがポルトガルを併合します。スペインも財政に余裕があった訳ではありませんが、ジェノヴァの巧みなファイナンスで、スペインがポルトガルの負債を引き継ぎます。 【宇山卓栄(うやま・たくえい)】 1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。予備校の世界史講師出身。現在は著作家、個人投資家。テレビ、ラジオ、雑誌など各メディアで活躍、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説することに定評がある。著書には『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)ほか。
世界史は99%、経済でつくられる

歴史を「カネ=富」の観点から捉えた、実践的な世界史の通史。

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