医師たちといいコミュニケーションを[楽しくなければ闘病じゃない:心臓バイパス手術を克服したテレビマンの回想記(第32話)]
医療は医療者と患者の協同作品
「病気が治る」ためには医師だけが孤軍奮闘していても成果は上がらない。 患者がその気になるということが基本である。 しかし、患者が独りよがりなことをしていて、いいわけはない。そこには専門家たる医師の指導が必要だ。 細菌学を中心に日本の近代医学をリードした北里柴三郎は、自ら顔面や声帯にマヒを発症し、通院生活を送ったが、「医戒を守るは患者の義務」という言葉を残している。 病気が治る、病状が改善するためには医患両者の協力が不可欠であり、「医療とは医療者と患者の協同作品」という考え方もそこに発する。 そこで大切なのは医療者と患者の間にいいコミュニケーションが存在することである。 昨今、「患者学」なる言葉を良く耳にする。『最高の医療を受けるための患者学』(上野直人・講談社)、『元気が出る患者学』(柳田邦男・新潮社)、『患者学―誰でもいつかは患者になる』(神前格・マガジンハウス)など出版物も多い。 患者から見た医療論である。朝日新聞には「患者を生きる」という長期連載コラムもある。 いい患者であるためには、自分の症状をきちんと過不足なく医師に伝える必要があるし、医師の言葉を聞き分け、不明なところは質す積極性も大切だ。どの患者学の本にもそのための方法論が細かく展開されている。 しかし、より良きコミュニケーションのベースはお互いを良く知ることである。そこから信頼感情がはぐくまれる。医療といえども人と人との付き合いである以上、信頼と親密の醸成は大切なことである。病室で大笑い
ボクが、医療スタッフとの関係つくりに何をしたかというと、まず医師や看護師さんの名前を覚えたことである。 最初にボクを診てくれた循環器科の医師は数人いたが、色白で歌舞伎役者のようなI先生、おしゃれっ気はないが人懐こいO先生、美人女優と苗字名前とも同じ呼び方をするK先生などと覚えた。特徴のある方は覚えやすい。 次にお世話になった心臓外科の先生方はもっと多かった。色浅黒く体格がっしりで、信頼感抜群の儀武先生、まじめそうだが冗談が上手なMA先生、あごに無精ひげをたくわえているMU先生、優しい顔でいうことはスパッというA先生、小柄だがテキパキ動く女医のN先生、そしていかにも教授然としたH先生等である。 ある時、MA先生以下の心臓外科チームの医師たちが病室に見えた。女医のN先生が要領よく手術の傷跡などをチェックしてくれた。 あまり手際がいいのでボクは思わず、「N先生は心臓外科の女医さんでは第一人者でしょう」と言った。 そしたらMA先生が「そうなんです。その通りです。……なにしろ女性は一人だけですから」と応じて、一同大笑いになった。 病室でこんな大笑いをしていいのかと思ったくらいだが、チームワークの良さを感じた。 入院中あちこちでこうした雰囲気を味わった。患者特有の緊張感を覚えることも少なかった。 その後先生たちと会話を交える時には、出来るだけお名前を口にした。先生方もそれに応えてくれたと思っている。 I先生は転勤前の最後の診断の時、「お大事に」という言葉を5回も発してくれた。看護士さん、頑張って
入院していた慈恵医大病院中央棟9階には約25人の看護師さんがいる。二人は男性だった。2002年以前の表記でいえば「看護士」である。 一人は道傳さんと言った。珍しい姓だったので「昔NHKのキャスターに道傳愛子さんという人がいたけど、何かご関係があるのでは……」といったところから会話を膨らませてお互いを印象付けた。 道傳さんには小林さんという「やさ男」の後輩が付いてくることが多かったが、二人はよく似ており、年の差もあまりなく、別々に来られると「はてどちらだったかな」と迷うこともあった。 世間では女性の社会進出が話題になるが、女性の職場に男性が進出しているという点ではこのお二人などは先駆者といったらいいのかもしれない。 ボクは男性だから「看護士」さんに違和感はなかったが、女性患者にとっては違和感や抵抗のある人もいるらしい。お二人さん、頑張って。 名前を覚えるとアイコンタクトの会話ができる。良きコミュニケーションの要諦はそこにある。 協力:東京慈恵会医科大学附属病院 【境政郎(さかい・まさお)】 1940年中国大連生まれ。1964年フジテレビジョン入社。1972~80年、商品レポーターとして番組出演。2001年常務取締役、05年エフシージー総合研究所社長、12年同会長、16年同相談役。著者に『テレビショッピング事始め』(扶桑社)、『水野成夫の時代 社会運動の闘士がフジサンケイグループを創るまで』(日本工業新聞社)、『「肥後もっこす」かく戦えり 電通創業者光永星郎と激動期の外相内田康哉の時代』(日本工業新聞社)。ハッシュタグ
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