世界文化遺産から読み解く世界史【第20回:西ヨーロッパを統一したカール大帝ゆかりの地――アーヘン大聖堂】

アーヘン大聖堂(縮小)

アーヘン大聖堂

キリスト教文化としてのヨーロッパの誕生

 ここからは世界文化遺産の最も多い、ヨーロッパの歴史を述べていきたいと思います。

 ヨーロッパの文化というものを考えると、ゲルマン民族の大移動とともに、キリスト教文明圏が形成され、キリスト教文化がそこに根づいていく過程がありました。そして、だいたい8世紀頃から12、13世紀までが、ヨーロッパ文化の初期の時代といえます。

 その後、13世紀から14世紀にヨーロッパの確立というものがあって、そして16世紀以降、大航海時代によって、ヨーロッパが世界に進出していくということになります。

 それでまずは、そのヨーロッパの形成過程を、文化遺産を通して見ていくことにしましょう。

 最初に取り上げるのはドイツのアーヘンです。アーヘンは、神聖ローマ帝国の皇帝の戴冠式が行われた場所です。8世紀の末に、カール大帝が初代皇帝となりました。このとき、ここにカロリング王朝の宮廷が建てられました。ここに初めて、ヨーロッパの歴史が始まったといえるのです。

 ギリシアやローマがあるではないかと思われるかもしれません。しかし、ギリシアやローマは、いわゆる現在のヨーロッパとは、違う民族、違う宗教、違う文化だったのであって、キリスト教文化としてのヨーロッパの誕生は、カールの戴冠をその始まりと考えていいのです。

ヨーロッパの中心としてのドイツ

 そのアーヘンに、カール大帝によってつくられたのがアーヘン大聖堂です。歴代の神聖ローマ帝国皇帝の戴冠式はここで執り行われてきました。カール大帝がここに宮殿を構えたということは、ドイツの重要性を物語っているといえます。ドイツという国が、それ以後もずっと、ヨーロッパの中心の一つとして指導的な立場にあることが、それを裏づけていると思います。

 トリーアという町があります。ここは紀元前15年に、ローマ帝国皇帝アウグストゥスによって開かれた町です。313年にコンスタンティヌス1世によってキリスト教が公認されると、アウラ・パラティーナという建物がつくられ、それが今日に残されています。そういう古い歴史を持った町です。そして9世紀になって、カール大帝によって大司教座に定められ、キリスト教の教会堂になりました。11世紀から12世紀にはロマネスク様式の大聖堂が建てられ、13世紀には初期ゴシック様式の聖母聖堂が付設されました。

 アーヘンもトーリアも、いまでこそ、どちらも小さな町にすぎませんが、カール大帝のカロリング王朝は、ドイツのこうした都市を中心につくられました。


(出典/田中英道著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本文化のすごさがわかる日本の美仏50選』『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』ほか多数。

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