世界文化遺産から読み解く世界史【第53回:ピラミッドがつくられた理由】
ピラミッドと富士山
富士山は単に自然遺産ではなくて文化遺産であることが重要なのです。高いものを仰ぐことによって人々はそれに対して非日常的なものを感じ、それが精神的な安定感や豊かさを与えるのです。ピラミッドがつくられた理由もそこにあると私は考えています。 長年ピラミッドは王墓であるといわれてきましたが、その証拠は何も見つかっていません。クフ王の墓ではないかといわれますが、中にそれらしき場所があるわけではないし、ミイラや副葬品などが出土しているわけでもありません。単なる四角錐の非常に大きな建造物という以外、どんな目的でつくられたのかを明らかにするものは何もないのです。 当時いろいろなファラオがいましたが、すべてのファラオがピラミッドをつくっているわけでもありません。ピラミッドと日本の前方後円墳がよく比べられますが、前方後円墳は6000基あまりもつくられています。ということは、ピラミッドは墓ではなく、この地域における一つの大きな精神的な創造物であったと考えるほうが自然です。実際、王墓説は疑問視されてきているのです。 1990年、ギザで集落跡が発見され、調査によってピラミッド建設のための労働者が家族とともに住んでいたことや、労働の対価としてパンやビールを与えられていたことなどが明らかになりました。こうした近年の研究成果をもとにして、ピラミッドの建設は奴隷による強制労働ではなく、ナイル川があふれて農作業ができない時期に農民に仕事を与える公共事業的なものだったといわれるようになっています。そういう人々が共同して、みんなが欲しているものをつくるからこそ、こういう大変な仕事ができたに違いないと思うのです。 クフ王のピラミッドは高さが当初は147メートルあったといわれています。底辺が230メートルです。重さ2.5トンの石が230万個も使われています。このものすごい仕事をやろうとする人間のエネルギーは計り知れないものがあります。経済性や効率ばかりを考えるような近現代の狭い考え方ではおよそ想像ができないほどの人間の文化力を感じさせます。 スフィンクスもそうです。スフィンクスは人面獣身の像ですが、高さが20メートルあって、全長が57メートルもあります。スフィンクスの謎といわれますが、その持っている意味合いだけではなく、そういうものを創造しようとする人々のエネルギーの使い方に人間本来の創造性、クリエイティビティーというものがあります。それこそがまさにエジプトのピラミッドが私たちに突きつける非常に重要な課題だろうと思います。 残念ながら、今日エジプトに行っても、これをつくった人々はいません。つくった民族も違います。いまは別の宗教、つまりイスラム教の人たちがいるだけです。彼らはこのピラミッドと歴史を共有していません。観光地としてしか残っていないピラミッドは、まさに遺跡でしかありません。 (出典=田中英道・著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社) 田中英道(たなか・ひでみち) 昭和17(1942)年東京生まれ。東京大学文学部仏文科、美術史学科卒。ストラスブール大学に留学しドクトラ(博士号)取得。文学博士。東北大学名誉教授。フランス、イタリア美術史研究の第一人者として活躍する一方、日本美術の世界的価値に着目し、精力的な研究を展開している。また日本独自の文化・歴史の重要性を提唱し、日本国史学会の代表を務める。著書に『日本美術全史』(講談社)、『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『日本の文化 本当は何がすごいのか』『世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『世界文化遺産から読み解く世界史』『日本の宗教 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本の美仏50選』『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』『日本国史――世界最古の国の新しい物語』『日本が世界で輝く時代』(いずれも育鵬社)などがある。ハッシュタグ
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