世界文化遺産から読み解く世界史【第54回:「美しいものをつくりたい」という原動力】

仁徳天皇陵の外堀(縮小)

仁徳天皇陵の外堀

ピラミッドと前方後円墳

 日本には高い山があり、ピラミッドのような高い建築物をわざわざつくる必要はありませんでした。3世紀後半から古墳がつくられるのですが、日本で創造物といえば、やはり前方後円墳の時代がピラミッドの創造の時代と対応するだろうと思います。人々が共同で巨大なものをつくるという意味では、日本では墳墓をつくることがピラミッドに匹敵する行為だったのです。  これは、「つくる」ということ自体が人々の精神の癒しとなり、同時に精神の動くところになったのです。そこには、「美しいものをつくる」という認識があったのです。「美しいものをつくる」という認識がピラミッドをつくり、前方後円墳をつくる原動力になっていたと思われます。  前方後円墳は円と方形をうまく合わせて、円の部分で山をつくります。これは山に対抗しようとしたわけではありません。ですから、決して山の近くにはつくられないわけで、それが目立つように平らな原につくられました。山の上につくられたものもありますが、その場合も、それが人造物であるとわかるようにつくられています。その点で、山のかわりにつくられたと考えられるピラミッドとは違うのです。  日本の前方後円墳はいまだに世界文化遺産にはなっていません。いま、申請中でいずれ登録されると思いますが、これはピラミッドの底辺よりも大きく、特に仁徳天皇陵はその幅が486メートルもありますし、応神天皇陵は426メートルもあります。それだけ巨大なものが幾つもあるということ自体、日本人がそういう巨大な建造物をつくることにおいては、ピラミッドのエジプトの人たちと変わらない技術を有していたということです。  これは後にも触れますが、中南米のたくさんのピラミッド型建造物をつくった人々と同じように「創造」が目的です。そういうことが非常に大事なわけで、まさにそのことがピラミッドの持つ大きな意義だろうと思います。この存在そのものが世界文化を考えるときの一つの原点になります。ですから、ピラミッドとは何かと考え、その意味を明確にすることは、ほかのあらゆる世界文化への考え方を明らかにする上で重要になってきます。そして、それを考えるためには日本の文化との比較が一番有効だろうと思うのです。 (出典=田中英道・著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社) 田中英道(たなか・ひでみち) 昭和17(1942)年東京生まれ。東京大学文学部仏文科、美術史学科卒。ストラスブール大学に留学しドクトラ(博士号)取得。文学博士。東北大学名誉教授。フランス、イタリア美術史研究の第一人者として活躍する一方、日本美術の世界的価値に着目し、精力的な研究を展開している。また日本独自の文化・歴史の重要性を提唱し、日本国史学会の代表を務める。著書に『日本美術全史』(講談社)、『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『日本の文化 本当は何がすごいのか』『世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『世界文化遺産から読み解く世界史』『日本の宗教 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本の美仏50選』『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』『日本国史――世界最古の国の新しい物語』『日本が世界で輝く時代』(いずれも育鵬社)などがある。
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