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今でも「地上の楽園」? 北朝鮮「チュチェ思想」を信奉する日本人たち
2020年01月24日
今でも「地上の楽園」? 北朝鮮「チュチェ思想」を信奉する日本人たち
岩田温
<文/岩田温:政治学者>
政治体制を支える思想から国家の行動論理がみえる
政治体制を支える思想というものが存在する。日頃はそれほど意識することはないが、我々の自由民主主義体制でも、そのような政治思想が存在している。 例えば、基本的人権を尊重すべきだという人権思想や、各人の基本的自由を擁護するリベラリズムがこれにあたる。国家権力が恣意的に批判者を弾圧し、投獄することは暴挙とみなされるだろうし、法律の範囲内における自由を徹底的に弾圧することも許されるべきではないと考えられている。 我々はそうした基本的人権の擁護や自由の尊重を当然とみなしているが、その背景にはやはり政治思想が存在しているのである。普段意識することはないが、冷静に分析し物事の本質に立ち返って考えてみれば、そうしたイデオロギーを容易に見出すことが可能だ。 自由民主主義社会とは対照的に、体制擁護のイデオロギーが過剰である国々も存在する。最も典型的なイデオロギー過剰国家が共産主義国だ。それらの国々では共産主義を唯一の科学的な「真理」と位置づけ、すべての行動がイデオロギーに一致していることが求められる。共産主義を否定するものは、政治体制、「真理」を否定する危険な人物と断定され、「反革命」の罪に問われ、時には強制収容所に送られる。 政治体制には、その強弱は別としても少なからずある種の政治体制を擁護する思想が存在すると仮定してみよう。そうした前提に立って観察してみると、一見意外に思える不思議な国家の行動論理というものがみえてくる。
北朝鮮のチュチェ思想がなぜ日本で影響力を拡大しているのか
筆者は昨年末、北朝鮮の「チュチェ(主体)思想」に詳しい元日本共産党国会議員秘書の篠原常一郎先生との共著、
『なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか』
(育鵬社)を上梓した。
『なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか』(育鵬社)
北朝鮮において国民の基本的人権や自由の尊重が無視されていることは周知の事実だが、本書では、北朝鮮という国家を支えるイデオロギーとは何なのかについて議論し、解き明かそうと試みた。 あわせて、その北朝鮮のチュチェ思想が、なぜここ日本で影響力を拡大しているのかという謎についても考えていきたい。
雑誌『金日成・金正日主義研究』
日本におけるチュチェ思想の広がりを考察するうえで、欠かすことができないのが『金日成・金正日主義研究』(『キムイルソン主義研究』改題)という雑誌である。 この雑誌を分析してみると、ほとんど同じ執筆者が同じような主張を繰り返していることが分かる。そして、彼らが最も注目しているのが沖縄の米軍基地問題であり、北海道を中心とするアイヌ問題なのである。 彼らが賛美するのは、言うまでもなくチュチェ思想だ。彼らの主張をそのまま引用する。 「わたしたち日本人にこそ自主自立、正義と平和のチュチェ思想が必要なのです」(池辺幸惠「日本の社会にチュチェ思想を浸透させたい」『金日成・金正日主義研究』158号、2016年7月、154頁) 「金日成・金正日主義のみが人類の明るい未来をさし示しています」(佐久川政一「基地移設反対は県民の意思」『金日成・金正日主義研究』153号、2015年4月、23頁) 掲載当時、前者の池辺幸惠氏は「日朝音楽芸術交流会」の会長、後者の佐久川政一氏は沖縄大学名誉教授で「金日成・金正日主義研究沖縄連絡会」の代表を務めている。 また、歯科医師の新里正武氏は「沖縄の基地問題の解決は朝鮮との連帯が不可欠」との論題で次のように指摘している。 「朝鮮は自主をつらぬいており、中国やロシア、欧米諸国に従属しない立場が鮮明です」(『金日成・金正日主義研究』168号、2019年1月、146頁) 国際的に孤立し、自国民の多くが餓死しているような経済状態にある国の極めて全体主義的な理念を賛美する姿勢に違和感を覚える。彼らの眼にはチュチェ思想によって統治されている北朝鮮が理想の国に見えているようだ。
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」?
「チュチェ思想を基本にして、『資本論』を読んでみると、多くの研究者が解釈しているのとはちがう真髄が把握できると思うようにな」ったという経済学者の鎌倉孝夫埼玉大学名誉教授によれば、「チュチェ思想の基本的な考え方は、人間を人間中心にとらえる」ものであるのに対し、「安倍晋三首相は、日本の社会、人間社会をおカネや大資本を基本に考えている」そうだ。 それゆえに鎌倉氏は、「民衆・人民みんなが主体となった人間らしい生き方を実現化している朝鮮」を賛美する(「金日成主席の革命活動と思想・技術・文化革命の推進」『金日成・金正日主義研究』165号、2018年4月)。 これらの人たちは、過酷な状況下で最低限度の基本的人権すら蹂躙されている北朝鮮の状況を何も知らないのだろうか。疑問に思わざるを得ない。要するに全体主義の現実をまったく知らないからこそ、このような非現実的発言を繰り返しているように思えるのだ。彼らはチュチェ思想の顕教部分だけに注目し、残酷な独裁擁護の思想であることを知らないのだろうか。 彼らの主張は現実とはかけ離れているが、日本には言論の自由がある。こういうものの見方をする人も存在するのかと思うが、次の教育学者の平良研一沖縄大学名誉教授の主張は、あまりに過激である。 「個人主義的な欲望が集団主義の原則を崩壊させ、体制の終焉をもたらしかねません。一人はみんなのために、みんなは一人のためにという社会を建設するためには、原則をいちじるしくふみはずし、資本主義的な欲望に走り、民衆の利益を侵害するものにたいしては処罰しなければなりません」(「自主時代をひらく朝鮮人民と沖縄県民の闘い」『金日成・金正日主義研究』169号、2019年4月、80頁) 「集団主義」を破壊するものは「処罰」せよとの発想は、あまりに全体主義的発想ではないだろうか。
沖縄問題やアイヌ問題に積極的にかかわるチュチェ思想研究者たち
ところでチュチェ思想が沖縄問題やアイヌ問題に積極的なのはなぜか。それは「沖縄県民の主体性」「アイヌ民族の自主性」が日本国政府によって妨害されているとチュチェ思想を信奉する人々が解釈しているからである。彼らは沖縄、アイヌが積極的に主体性を発揮するためには、彼らの主体性を妨げている日本政府と闘争する以外に道はないと扇動している。 彼らの闘争は北朝鮮にとって有益だ。例えば北朝鮮の立場からすれば、米軍基地とは北朝鮮を狙う基地に他ならないのだから、沖縄において米軍基地が撤退することになれば北朝鮮の国益に適うことになる。北朝鮮側が「主体思想」の名の下に、沖縄問題を北朝鮮の有利なように動かそうとしていると判断してよいだろう。 戦後日本にとって沖縄の基地問題は、重要な問題の一つであり続けている。安全保障の観点からみれば、米軍基地が必要であることは火を見るよりも明らかだ。しかしながら、沖縄では大東亜戦争末期に地上戦でアメリカ人に家族を殺害された県民も少なくない。繊細な問題であり、一気に解決を図ることが困難な問題と言えよう。こうした繊細な問題に対し、全体主義体制のイデオロギーを持ち込んで、問題を複雑化させる人々が日本国内に存在することを閑却すべきではないだろう。
【岩田温(いわた・あつし)】
政治学者。1983年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院修了。現在、大和大学政治経済学部専任講師。専攻は政治哲学。最新刊は
『なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか』
(篠原常一郎氏との共著、育鵬社)。YouTubeで「岩田温チャンネル」開局中。
岩田温
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『
なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか
』
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