「望まない売春」を減らすことはできるか?【鈴木大介×荻上チキ】vol.2
鈴木大介×荻上チキ対談「絶望を減らす作業をしよう――」Vol.2
ほぼ同時期に発売された売春をめぐる2冊の本。荻上チキ氏による『彼女たちの売春(ワリキリ) 社会からの斥力、出会い系の引力』と、鈴木大介氏による『援デリの少女たち』。荻上氏は出会い系を通じフリーで売春を行う女性を対象に、膨大なデータと証言を集め、鈴木氏は援デリ業者とそこで売春を行う少女たちを徹底的に追った。両者、それぞれ見た光景は異なるが、通底しているのは“貧困”と“排除”――。
⇒Vol.1「僕たちがみた“売春”の現在」
https://nikkan-spa.jp/345719 鈴木:湯浅誠さんが「貧困と貧乏は違う」ということをおっしゃっています。俺、取材している女のコたちに言われたことがあるんです、「鈴木さんは貧困貧困って言うけど、いろんな意味のことで貧困って言ってない? 私が言っているのはコレっ! カネがないのよ」って。 何がないって、現金がない。金がないから、今、こうしているんだって彼女たちの言葉から再認識させられました。実行的な支援の第一歩、再生産を防ぐとか、予防策というところでは「貧困という大きな括りだと見失いがちなので、貧乏の抑止だと思うんです。 チキ:一方で、家族関係とか良好な友人関係とか、いい企業に勤めるとか、実は貧乏な状態からではかなりハードルが高い。今はお金がなくても、旦那が持ってるから貧困ではないという人もいる。貧困っていう問題は、実は貧乏から派生的に生まれるし、貧困な状況からは貧乏から脱する状況は生まれないというスパイラルでぐるぐるまわっている。当事者からしたら、まず、お金でしょうね。 鈴木:まず金ですね。 チキ:ただし、その「まず金」と言うような年齢になるまで放置された背景には、親の貧困、家庭環境などの問題があり、それが貧乏な少女をつくり、長期的に貧困化していくという、そこにも負のスパイラルがあることを忘れてはいけない。 鈴木:親の貧乏、親の貧困。親の格差ですね。 チキ:本でも紹介しましたが、専門学校の学費のために、5回くらいワリキリをすると決めていた子がいました。彼女が本当に「貧乏」や「貧困」なのかというと、議論の余地はあると思うんです。短期間で稼ぐことを考えず、長期的にバイトしながら稼ぐことはできるだろうとか、1年間働いてお金貯めてから進学すればいいとか、そう思う人もいるでしょう。あるいは、専門学校に行けている段階で贅沢だ、という指摘もあるかもしれない。ただ、彼女が抱えたような困難を特に経験することなく進学し、それが当たり前のものだと思っている人が多い中、彼女の望みが特段と「贅沢」だとは僕は思いませんが。 鈴木:そうですね。 チキ:ワリキリという行為と天秤にかける行動の軽重が、どんな背景でその子の中で内面化されてきたのか、なぜ、彼女はワリキリを選んだのか。そのような価値観や状況、それがなぜ選択されたのか。その専門学校の女の子のケースでいえば、学費を稼ぐために1年のブランクが生じたら、就職先も減る。個人の選択の背景には、必ず環境の影響があるので、その部分を明らかにしたかったですね。 ◆貧困型売春と格差型売春 鈴木:受け皿としての社会のあり方もそうですが、本人たちの感じ方で、10代の子の1年間ってすごく長いですよね。20代になると、1年間って結構“あっという間”になる。怖いなって思うのは、20代、30代で売春をしている人たちって、売春で1年間を過ごすのをあまり長いって感じていないんですよ。 また、1年を長く感じている子たちって、短期で稼ぐとか目標意識を持っていたり、あるいは、早く抜けたい、今がすごくツライって思っている。だから、1週間が1年のように感じている。本人たちが感じているスケールの違いっていうのも、だんだん鈍磨して、売春が一般化していってしまう。一般化していってしまった人に対する支援の難しさを本当に考えてしまいます。 チキ:僕が取材したシングルマザーで、子供の養育費のために2000万円を貯めるといっている人がいました。かなり高額の貯金額を決めている人は何人かいましたが、おそらく彼女たちは目標額に達したらスパっとやめられるんじゃないかと思うんです。自分の外側に目標がありますから。 一方、ワリキリを始めたきっかけが、友達の結婚式でのドレス代ほしさという女性がいました。親が暴力団。彼女の場合、結婚式のドレスなんてもうとっくに購入できているし、生活に困っているというわけでもない。それでもずるずると続けていて、「味をしめた」面もある。 最初はお金のためにとやっていた「貧困型売春」であっても、いったんお金が手に入ったことでも、理想の収入と現実との差(ギャップ)を埋めるために売春をする「格差型売春」に移行して続けていく、というケースはたくさんあります。そんな彼女たちの、やめるきっかけというのは、なかなかスパっとは行かなくて。彼氏ができてからしばらく経ってやめたとか、年齢がある段階までいったからそろそろいいかなとか。 鈴木:援デリをする子たちも、一時の激しい売春を終えたとしても、格差型で売春に戻っていくという子が大半な気がするんです。 虐待のある家庭から逃亡し続けるとか、路上生活を続ける状況から、「援デリ」によってなんとか脱出し、とりあえずの居場所を得ることができた。体で稼いだ記憶っていうのは、もちろん苦痛の体験ではあるんだけれど、自分が女のコたちから話しを聞いて感じるのは、売春がある種の強烈な成功体験だったりもする。自分は何もできないと思っていたコが、自分自身でお金を稼げた、その積み重ねが援デリだという側面もあるんですね。 だから、それを全否定することなく、合理的に“一般”に戻っていけるのが一番いいとは思うんですが。 チキ:今回の取材を通じて僕は、予防策のポイントを指摘することで、具体的に何割かの「望まない売春」を減らすことが可能なのかを示唆しました。 その一方で、進行形のものすべてに介入することの困難を感じていますし、また、「お金を稼ぎたい」という格差型のワリキリについては、もう少し抽象的な悩みも入ってきます。例えば「性の自己決定」というのは大きなテーマのひとつではあったけれど、格差型のワリキリをする彼女たちの決定が果たして「自己決定」と言えるのかどうか。 お金が十分にあればしなかったであろうケースが多かったり、別の家庭で満たされていればしなかったであろうケースもあったりするため、景気や雇用状況など別の誘因が生まれたとき、どうなるのかというのを見ていくしかないように思いますね。 ⇒Vol.3『売春する女性が「同情されない」ゆえの困難』に続く
https://nikkan-spa.jp/345887 【鈴木大介】 すずきだいすけ●ルポライター。「犯罪する側の論理」をテーマに、裏社会・触法少年少女らの生きる現場を中心に取材活動を続ける。著作に、『家のない少女たち 10代家出少女18人の壮絶な性と生』(宝島社)、『出会い系のシングルマザーたち―欲望と貧困のはざまで』(朝日新聞出版)、『家のない少年たち 親に望まれなかった少年の容赦なきサバイバル』(太田出版)、『フツーじゃない彼女。』(宝島社) 【荻上チキ】 おぎうえちき●評論家・編集者。政治経済から社会問題まで幅広いジャンルで、取材・評論活動を行う。著作に『僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか 絶望から抜け出す「ポジ出し」の思想』(幻冬舎新書)、『検証 東日本大震災の流言・デマ』(光文社新書)、『セックスメディア30年史欲望の革命児たち』(ちくま新書)など <構成/鈴木靖子(本誌) 撮影/山川修一(本誌)>
https://nikkan-spa.jp/345719 鈴木:湯浅誠さんが「貧困と貧乏は違う」ということをおっしゃっています。俺、取材している女のコたちに言われたことがあるんです、「鈴木さんは貧困貧困って言うけど、いろんな意味のことで貧困って言ってない? 私が言っているのはコレっ! カネがないのよ」って。 何がないって、現金がない。金がないから、今、こうしているんだって彼女たちの言葉から再認識させられました。実行的な支援の第一歩、再生産を防ぐとか、予防策というところでは「貧困という大きな括りだと見失いがちなので、貧乏の抑止だと思うんです。 チキ:一方で、家族関係とか良好な友人関係とか、いい企業に勤めるとか、実は貧乏な状態からではかなりハードルが高い。今はお金がなくても、旦那が持ってるから貧困ではないという人もいる。貧困っていう問題は、実は貧乏から派生的に生まれるし、貧困な状況からは貧乏から脱する状況は生まれないというスパイラルでぐるぐるまわっている。当事者からしたら、まず、お金でしょうね。 鈴木:まず金ですね。 チキ:ただし、その「まず金」と言うような年齢になるまで放置された背景には、親の貧困、家庭環境などの問題があり、それが貧乏な少女をつくり、長期的に貧困化していくという、そこにも負のスパイラルがあることを忘れてはいけない。 鈴木:親の貧乏、親の貧困。親の格差ですね。 チキ:本でも紹介しましたが、専門学校の学費のために、5回くらいワリキリをすると決めていた子がいました。彼女が本当に「貧乏」や「貧困」なのかというと、議論の余地はあると思うんです。短期間で稼ぐことを考えず、長期的にバイトしながら稼ぐことはできるだろうとか、1年間働いてお金貯めてから進学すればいいとか、そう思う人もいるでしょう。あるいは、専門学校に行けている段階で贅沢だ、という指摘もあるかもしれない。ただ、彼女が抱えたような困難を特に経験することなく進学し、それが当たり前のものだと思っている人が多い中、彼女の望みが特段と「贅沢」だとは僕は思いませんが。 鈴木:そうですね。 チキ:ワリキリという行為と天秤にかける行動の軽重が、どんな背景でその子の中で内面化されてきたのか、なぜ、彼女はワリキリを選んだのか。そのような価値観や状況、それがなぜ選択されたのか。その専門学校の女の子のケースでいえば、学費を稼ぐために1年のブランクが生じたら、就職先も減る。個人の選択の背景には、必ず環境の影響があるので、その部分を明らかにしたかったですね。 ◆貧困型売春と格差型売春 鈴木:受け皿としての社会のあり方もそうですが、本人たちの感じ方で、10代の子の1年間ってすごく長いですよね。20代になると、1年間って結構“あっという間”になる。怖いなって思うのは、20代、30代で売春をしている人たちって、売春で1年間を過ごすのをあまり長いって感じていないんですよ。 また、1年を長く感じている子たちって、短期で稼ぐとか目標意識を持っていたり、あるいは、早く抜けたい、今がすごくツライって思っている。だから、1週間が1年のように感じている。本人たちが感じているスケールの違いっていうのも、だんだん鈍磨して、売春が一般化していってしまう。一般化していってしまった人に対する支援の難しさを本当に考えてしまいます。 チキ:僕が取材したシングルマザーで、子供の養育費のために2000万円を貯めるといっている人がいました。かなり高額の貯金額を決めている人は何人かいましたが、おそらく彼女たちは目標額に達したらスパっとやめられるんじゃないかと思うんです。自分の外側に目標がありますから。 一方、ワリキリを始めたきっかけが、友達の結婚式でのドレス代ほしさという女性がいました。親が暴力団。彼女の場合、結婚式のドレスなんてもうとっくに購入できているし、生活に困っているというわけでもない。それでもずるずると続けていて、「味をしめた」面もある。 最初はお金のためにとやっていた「貧困型売春」であっても、いったんお金が手に入ったことでも、理想の収入と現実との差(ギャップ)を埋めるために売春をする「格差型売春」に移行して続けていく、というケースはたくさんあります。そんな彼女たちの、やめるきっかけというのは、なかなかスパっとは行かなくて。彼氏ができてからしばらく経ってやめたとか、年齢がある段階までいったからそろそろいいかなとか。 鈴木:援デリをする子たちも、一時の激しい売春を終えたとしても、格差型で売春に戻っていくという子が大半な気がするんです。 虐待のある家庭から逃亡し続けるとか、路上生活を続ける状況から、「援デリ」によってなんとか脱出し、とりあえずの居場所を得ることができた。体で稼いだ記憶っていうのは、もちろん苦痛の体験ではあるんだけれど、自分が女のコたちから話しを聞いて感じるのは、売春がある種の強烈な成功体験だったりもする。自分は何もできないと思っていたコが、自分自身でお金を稼げた、その積み重ねが援デリだという側面もあるんですね。 だから、それを全否定することなく、合理的に“一般”に戻っていけるのが一番いいとは思うんですが。 チキ:今回の取材を通じて僕は、予防策のポイントを指摘することで、具体的に何割かの「望まない売春」を減らすことが可能なのかを示唆しました。 その一方で、進行形のものすべてに介入することの困難を感じていますし、また、「お金を稼ぎたい」という格差型のワリキリについては、もう少し抽象的な悩みも入ってきます。例えば「性の自己決定」というのは大きなテーマのひとつではあったけれど、格差型のワリキリをする彼女たちの決定が果たして「自己決定」と言えるのかどうか。 お金が十分にあればしなかったであろうケースが多かったり、別の家庭で満たされていればしなかったであろうケースもあったりするため、景気や雇用状況など別の誘因が生まれたとき、どうなるのかというのを見ていくしかないように思いますね。 ⇒Vol.3『売春する女性が「同情されない」ゆえの困難』に続く
https://nikkan-spa.jp/345887 【鈴木大介】 すずきだいすけ●ルポライター。「犯罪する側の論理」をテーマに、裏社会・触法少年少女らの生きる現場を中心に取材活動を続ける。著作に、『家のない少女たち 10代家出少女18人の壮絶な性と生』(宝島社)、『出会い系のシングルマザーたち―欲望と貧困のはざまで』(朝日新聞出版)、『家のない少年たち 親に望まれなかった少年の容赦なきサバイバル』(太田出版)、『フツーじゃない彼女。』(宝島社) 【荻上チキ】 おぎうえちき●評論家・編集者。政治経済から社会問題まで幅広いジャンルで、取材・評論活動を行う。著作に『僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか 絶望から抜け出す「ポジ出し」の思想』(幻冬舎新書)、『検証 東日本大震災の流言・デマ』(光文社新書)、『セックスメディア30年史欲望の革命児たち』(ちくま新書)など <構成/鈴木靖子(本誌) 撮影/山川修一(本誌)>
『彼女たちの売春(ワリキリ) 社会からの斥力、出会い系の引力』 気鋭の評論家による待望のルポ |
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