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“スチャダラパーの再来”と噂のTOKYO HEALTH CLUBを直撃

 フリースタイルバトルもいいけれど、MCバトルを挑まれたらまっさきに逃げるんじゃないか。でも、そんなフリースタイルだけじゃない、文化系ヒップホップシーンが熱い! 巷でポスト・スチャダラパーの筆頭とも噂される「TOKYO HEALTH CLUB」がアルバム『VIBRATION』を6月8日にリリースした。

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TOKYO HEALTH CLUB

(写真左から)TSUBAME、SIKK-O、DULLBOY、JYAJIE

 彼らはシーンを引っ張るヒップホップ自主レーベル「OMAKECLUB」の中心グループであり、2016年にレキシントン(マンハッタンレコード)へフィールドを移動。2014年7月の2ndアルバム『HEALTHY』が音楽雑誌「MUSIC MAGAZINE」HIPHOPアルバムコーナーで最高得点を獲得するなど、業界関係者や耳の早いリスナーから注目を集める存在だ。心機一転、ニューアルバムの制作に取りかかっている彼らの全貌をレーベル主宰のTSUBAMEらに聞いた。

――結成のきっかけを教えてください。

SIKK-O:全員、多摩美の同級生だったんです。学生時代は、とくに一緒に何もすることはなくて。卒業してから僕がヒップホップに興味を持って、音楽をやりたいと思ったんです。

――卒業した年は2009年ですよね。そのときはヒップホップ、何が流行っていたんですか?

SIKK-O:PSGがアルバムを出したのが2009年で。環ROYさんとかも出てきた時期で。それまではヒップホップなんて全然聴いていなかったんです。その時、仕事でたまにTSUBAMEと会っていて、TSUBAMEは、唯一僕の知り合いの中で、トラックメイキングができる人間だった。TSUBAMEはもともとヒップホップ畑じゃないんですけど、無理やり作らせたのが始まりです。

TOKYO HEALTH CLUB――ヒップホップをやりたいと思う前は、どんな音楽を聴いていたんですか?

SIKK-O:くるりや、ゆらゆら帝国、フジロックにも行っていた。相対性理論のライブにもよく行ってましたね。オルタナっぽいというか、そういうのはすごく聴いていて、ライブもすごい行ってたんですけど。逆にヒップホップってちょっとダサいと。なんで生で演奏しないんだろうみたいなぐらいの。

――僕も渋谷系の音楽にハマっていたので、凄くわかります(笑)。

SIKK-O:くるりもたまにラップの真似のような楽曲もあったり。そういうのは好きだったんですよ。歌わない感じの曲とか、曽我部恵一さんも。それがヒップホップが好きになった始まりだと思います。

――トラックを作ってほしいと言われたTSUBAMEさんはどうだったんですか?

TSUBAME:嫌だって1回断ったんです。僕はもともとテクノをやっていて、ROC TRAXというDEX PISTOLSが主宰しているレーベルに入っていた。そんなふざけてラップ始めたいとか言っている奴に、トラック提供をするつもりはないと思って。こっちはマジでトラック作ってんだよという尖った部分もあって。3、4回断っていたんです。

TOKYO HEALTH CLUB――なるほど。本気度が全然違うんだと。

TSUBAME:あるときに友達同士で飲み会があって、ノリで、ガレージバンドでトラックを作りながらワイワイやっていたら、そのビートでラップがはじまったんですよ。それが意外とよくて。じゃあ1曲作ってみる? みたいな気持ちになって。でも、SIKK-Oとは大学生の時もそんな仲良くなかったんですよ。共通の友達がいてようやく成立するような仲で。そこで間に入ってもらったのがJYAJIEで。ベースで入ってもらったんです。その3人で始まったのがTOKYO HEALTH CLUBです。その後、大学時代に引きこもっていて、美大卒なのにA○Cマートに就職したDULLBOYを誘って。

DULLBOY:就活もそんなにしてなくて、バイトとかしながらプラプラしてたんです。

SIKK-O:美大出たのにA○Cマートですよ?

DULLBOY:A○Cマートとか言わなくていい。某アパレル。埼玉に住んでいて実家にいたんですけど、その家の近くの某靴屋で働いてました。

TUBAME:アルファベットの。

DULLBOY:アルファベットの3文字マート。

――そこまで書くとバレるかもしれないですね(笑)。

SIKK-O:A◯Cマート。

DULLBOY:それで2MC1DJっていうので、始まって。だけどすぐベースは必要ないんじゃないかって話になって、じゃあ俺もラップするよってJYAJIEが言って。

SIKK-O:DULLBOYが入るタイミングで、3MCにしようかと。

――でもみなさん社会人なんですよね。活動はマイペースで?

TSUBAME:そうですね。むしろ本職はそっちだったので。みんな美大でデザイン系の仕事についていて。

SIKK-O:靴屋以外は。

TSUBAME:ちゃんとした、いわゆるデザインプロダクションや事務所なりに入っていた。

――そこからエンジンがかかってくるのは、何がきっかけなんですか?

SIKK-O:あれじゃない? オマケナイトやって、やっぱりアルバム作んなきゃだめじゃない? ってなって。

TSUBAME:そうかもしれない。オマケナイトを、まだオマケがみんな知らない時にライブやってて、全然人が入んないんですよやっぱり。でもゲストはちゃんと呼んでいて、コチトラとか環さんとか呼んでいたんですけど。それでもそこそこしか入んなくて。そもそも自分らがちゃんと有名にならないとそんなに入らないよねみたいな感じで。いったんじゃあアルバムやっちゃう? という感じで作ってみたのが、『プレイ』というファーストアルバムなんです。

SIKK-O:もともとTSUBAMEは音楽でCDも出したことあったから。普通だったら多分誰か拾ってくれねーかなみたいな感じだと思うんですけど、TSUBAMEは自分でやれるっていうから、自分でやれんならみんなで少しずつお金を出して。

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VIBRATION

これぞ、最先端なシティ・ヒップ・ホップ




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