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オリンピック柔道で金メダルを獲れる限界年齢は何歳?

現役トップ選手を手玉に取った牛島辰熊と木村政彦

 強かったといえば、「史上最強の柔道家」木村政彦と、その師・牛島辰熊の壮年期の強さは際立っていたと言われています。牛島・木村が直接指導した拓殖大学の教え子の中からそのような話が出るのは想定内ですが、50才を越えた牛島が出稽古で明治大学に赴いた際に、当時の学生柔道界の第一人者・神永昭夫(後に全日本選手権優勝3回、東京五輪無差別級銀メダリスト)を寝技で圧倒したという驚くべきエピソードを残しています。神永は「手も足も出ずまったく子供扱いにされました」という信じられないコメントを残しています(近代柔道 2006年2月号)。  木村政彦などは立ち技でも全日本クラスの学生を寄せ付けなかったといいますが、高齢者が若手現役選手を手玉に取ったという話は寝技の稽古など条件を限定した勝負の中では日常茶飯事の出来事であったようです。寝技は技術と年季が物を言うので、年をとっても衰えないというのがその理由として挙げられます。木村は後に全日本王者になった直弟子の岩釣兼生や東京五輪メダリストのロジャース(カナダ)、キクナーゼ(旧ソ連)といった現役バリバリの選手さえも寝技で圧倒したことが、作家・増田俊也さんの木村政彦本などに書かれています。ジャンルは異なりますが、アントニオ猪木も「倒してしまえばどんな相手にも負けないという自信は、53歳になったいまでも、いささかも揺らいでいないよ。その根拠は『寝技の世界は、体力よりも感性と経験が優る』からなんだ」と述べています(闘魂戦記アントニオ猪木 木村光一編 KKベストセラーズ 1996年5月)。このように「寝技の強い高齢者」は格闘技界にはゴロゴロいるのです。

柔道はなぜ高年齢のチャンピオンが誕生しないのか?

 プロボクシングや総合格闘技では30歳代後半から40歳代の高年齢のチャンピオンが頻繁に誕生しますが、柔道はどうなのでしょうか?  戦前戦中派の柔道家の中には、現在ではあり得ない年齢の選手が活躍した例もあります。戦前は比較的高年齢の選手が多かったようですが、田中宗吉が31歳で柔道を始めて42歳の時に1936(昭和11)年の全日本選士権成年前期(38歳~44歳未満)で優勝を飾っているのが非常に目を引きます。戦後では伝統の全日本選手権の史上最年長の出場選手は1948(昭和23)年大会の神田久太郎の50歳(53歳説もあるが誤報)、史上最年長の優勝選手は1955(昭和30)年大会の吉松義彦の34歳です。1956(昭和31)年の第1回世界選手権では30歳の夏井昇吉が、35歳の吉松義彦を判定で降して優勝しています。  しかし現代の競技柔道のチャンピオンは大部分が20歳代であり、30歳代のチャンピオンは非常に稀にしか誕生しません。高年齢の王者が現れない理由は何なのでしょうか?最大の理由は競技方法とルール・戦術の変化だと思います。  柔道の大会はプロボクシングや総合格闘技とは異なりトーナメント戦です。少なくとも5試合を勝ち抜くスタミナがなければ優勝の栄冠は掴めません。ワンマッチで勝敗を競うのであるなら、ベテラン選手はもっと活躍できるでしょうが、トーナメント戦ではそれが非常に難しいのです。  さらに国際柔道連盟(IJF)は2009年1月からIJFワールド柔道ツアーを施行しており、それ以降のオリンピックの出場権はこのポイントによって決定されることになりました。出場権が得られるのは、獲得したポイントのランキングに基づき、男子は上位22位まで、女子は上位14位までと決められています。ですのでポイントを稼いでランキング上位に入るには、毎年最低でもポイントの対象となる国際大会に2~3回は出場し続けなければなりません。さらには国際大会に出るためにはその資格を得るために国内の大会にも出なければならないので体を休める暇がありません。これでは疲れが溜まりやすく、何らかの故障を持つベテラン選手は非常に不利になります。  それからこれはあまり大っぴらにはなっていませんが、長年国際試合で大きな実績を出し続けているベテラン選手は別ですが、実績の乏しい選手や優勝から遠ざかっている選手が28歳を過ぎてから国内で活躍し出しても、国際試合強化選手には選ばれにくいという実状があります。「28歳」という年齢には根拠があります。男子が強化選手を選出する講道館杯への出場資格を得るには実業団、警察の大会などでベスト4に入る必要がありますが、28歳に達する選手は優勝しなければ講道館杯へ出られませんでした(講道館杯大会当日28歳未満の選手のみベスト4で出場可能)。2年前にその年齢制限は撤廃されましたが、現在でも強化委員会は強化選手に28歳を過ぎた選手を選ぶよりは、将来性のある若手を選ぶでしょうから、事実上の年齢制限は行われていると思います。  そもそも日本柔道は平均的な競技レベルで言えば、世界中でダントツのトップレベルですので、ベテラン選手が国内で勝ち抜いて世界の舞台に出て行くこと自体が困難です。韓国などは階級によっては日本を超える実力の選手も出てきていますが、平均的な競技レベルや層の厚さという点で言うと、まだ日本の足元にも及びません。今後も熾烈な日本国内の競争を勝ち抜いて、30歳を過ぎたベテラン選手がオリンピックで金メダルを獲得する確率は非常に低いでしょう。
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クラシック柔道からハイスパート柔道へ変質
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