柔道はそもそもスポーツなのか?それとも武道なのか?
リオデジャネイロ五輪開幕直後の金メダル有望種目・柔道の面白雑学。前回は柔道選手と年齢の話をご紹介しました。第3回の今回は柔道が武道なのかスポーツなのかについて考察します。
柔道の創始者・嘉納治五郎(1860-1938年)は「柔道と柔術の違い」を強調し、「柔道」という名称には強いこだわりを持っていましたが、柔道を敢えて「武道」と呼ぶことはしませんでした。武道の呼称によって旧態依然とした柔術や武術と同意であると誤解もしくは矮小評価されるのを避けるためと言われています(日本武道と東洋思想 寒川恒夫 平凡社 2014年11月)。
欧州の近代思想に薫陶を受けた嘉納は、体育・スポーツの意義を十分に理解してそれを柔道の指導体系に取り入れていましたし、一方、日本古来の武道思想を継承する大日本武徳会の中心メンバーでもあったことから武道を遵守する立場にもありました。したがって「柔道は武道かスポーツか」を明言するのは憚れるということもあったと思います。嘉納は「柔道は単なる武道ではなく文武の道」という言い方をしていたようです。
嘉納存命の頃の古き良き時代の柔道は、武道の持つ伝統的な精神性とスポーツの持つ近代的な合理性を両立させており、武道であることとスポーツであることはさほど矛盾することではありませんでした。そもそも近代五輪の祖・クーベルタン男爵の制定したオリンピック憲章の示す精神性は武道精神とほとんど相違ありません。嘉納は対抗試合などにおける行き過ぎた勝負偏重の姿勢を戒め、スポーツの弊害も強く自覚した上で武道とスポーツの長所を両立させるように目配りしていたように思います。
ところが今日では柔道を武道と捉えるか、スポーツと捉えるかは二者択一の問題となってきています。競技スポーツが勝利至上主義化する中で、武道の持つ精神性とは著しく乖離してしまいました。究極的には勝利という結果のみを目指す競技スポーツと修業の過程における人間的向上を重視する武道は両立することが難しい二律背反の関係となってしまったのです。
嘉納は「柔道と競技スポーツの違い」について「競技運動とは勝敗を争う一種の運動であるが、(中略)競技運動は柔道の目的する処の一部を遂行せんとするに過ぎぬのである。(中略)そういうことをしただけで柔道本来の目的は達し得らるるものではない」(月刊武道 2009年12月号)と明確に語っています。嘉納によると試合は柔道の「二十も三十もある箇条の中、僅か四か五をとって、それの優劣如何をきめる」(雑誌柔道 2010年6月号)に過ぎないのです。
嘉納は「柔道は単に競技として見るよりは、さらに深く広いもの故、自ら求めてオリンピックの仲間に加わることを欲しない」(嘉納治五郎 講道館 1964年)と語っており、柔道が五輪競技となることには消極的であったと言われていますが、柔道が五輪で行われることで柔道本来の精神性が失われ勝利至上主義的な競技スポーツに変質してしまうことを予見していたのです。
日本空手協会の首席師範だった中山正敏(1913- 1987年)が「空手をオリンピックのスポーツとしては残したくない」(三島由紀夫対談集「尚武のこころ」所収 1970年9月)と語っているのも同様の理由からであり、剣道が今もなお五輪競技となることに消極的なのはその危険性を察知しているからです。これについて志々田文明早稲田大学教授は「現在、武道から道的特性を奪う懸念があるのはオリンピックという競技スポーツの祭典である」(2008年)と主張しています。
嘉納治五郎は柔道が武道かスポーツか明言していない
武道と勝利至上主義的競技スポーツは両立しない二律背反の関係
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