ドバイの金市場で「オカチマチ」が流行!?の謎
少し前までは富裕層のための高級リゾート地というイメージが強かったドバイだが、実は意外とリーズナブルに旅行できるとあって、年々日本人の旅行客も増加している。そんななか、世界一の高層ビル、ブルジュ・ハリファやドバイ・モールなどのリッチな観光スポット以外に、スパイスやファブリック、金などが売られるスーク(市場)も、古き良きアラブの空気を味わえるとして観光客の人気が高まっている。
スークは大きく3つのエリアに分かれている。ひとつめは、アラブ料理に使われる香辛料が所狭しと並ぶスパイス・スーク。カルダモン、ガラムマサラ、クミンといった王道のカレースパイスから、ドライフルーツ、ナッツ、薬草などが売られている。
ふたつめは、日用雑貨や靴、さまざまな生地が売られるテキスタイル・スーク。50AED(約1500円)程度で購入できるアラビック模様のクッションカバーはお土産としても人気だ。
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取材・文/牧野早菜生 取材協力/ドバイ政府観光・商務局 https://www.visitdubai.com/ja
そして、なんといっても圧巻なのが、豪奢な金の装飾品を扱うゴールド・スーク。お値段的にもなかなかリッチなので、手が届かない商品も多いが、名前をかたどったゴールドのネックレスは1000AED(3万円)くらいから購入できるとあって購入する観光客も多いようだ。
さて、このゴールド・スークでは日本人観光客を店に呼び込むべくさまざまな日本語が飛び交っているのだが、どうにもその日本語が妙なのだ。出張でドバイのスークを訪れた際に耳にした日本語を紹介していこう。
「イラッシャイ!」
「カワイイネ!」
「ヤスイヨ!」
これはまあわかる。
「カガワシンジ! カガワシンジ!」
これもまあ、有名なスポーツ選手だし、気を引くための呼び込みとしてはわからなくはない。
そして、スークのなかでもゴールドスーク(金のアクセサリーが売られるエリア)付近でだけ流行中の言葉がある。
「オカチマチ!」
オカチマチ!?︎
もちろんあの御徒町のことを指しているのだろうが、なぜよりにもよって御徒町なのか。ギンザ! ロッポンギ! アキハバラ!とか、メジャーな街ならまだわかるが、オカチマチは地味すぎないだろうか。
というか、東京近郊在住でないと日本人でも知らない可能性すらある。
海外に旅行したとき、露天商やタクシーの運転手に謎の日本語で話しかけられ、ああ、日本人の旅行客がデタラメの日本語を教えたんだなと思ったことがある人は少なくないだろう。
それにしても、「オカチマチ」。
誰かがイタズラで教えたのだろうが、イタズラにしてもなんか地味だ。でも、露天商が「オカチマチ! オカチマチ!」と連呼する様子は妙なおかしみがあるのも確かだ。
一体どんな意味で使っているのか。
そして教え込んだ犯人は誰なのか。
実はどんな意味で使われているのかを調べた日本人がいる。
現地で旅行ガイドとして働くTさんは、数年前からゴールドスーク付近で「オカチマチ!」が流行していることを不思議に思い、スークで働く20人ほどに聞き取り調査を行ったのだという。その結果8割がたの人が英語でいう「good」に近い意味で使っていることがわかったのだとか(ちなみに残り2割は「かわいい」的な意味で使っていた)。いずれにせよポジティブな意味で使っているということはわかった。でも、やっぱりイタズラで違う意味の言葉を教えるというのはあまり関心できることではない。教えた犯人はだれなのか。
やはりオカチマチ在住の人間か。
なんとなく疑問が晴れないまま帰国し、しばらくしてから御徒町近辺に住む友人と食事をする機会があったので聞いてみた。
「なんでオカチマチだったのかなあ。しかもゴールドスーク近辺だけで使われてるの」
すると、友人は「だいたい犯人がわかった」という。
実は御徒町には、日本唯一の宝飾問屋街「ジュエリータウンおかちまち」があるのだ!
問屋街だけあって、卸商だったらドバイのゴールドスークに大量に買い付けに訪れることもあるだろう。つまり、オカチマチから買い付けにくる人はゴールドスークの人にとってかなりの上客ということだ。
「教えたのは、きっと『ジュエリーショップおかちまち』で働く卸商の誰かだね」
なるほど! 疑問が解決!
イタズラだとばかり思っていたが、そうではなかったのかもしれない。「オカチマチから買い付けに来る日本人はたくさん買ってくれる! いいお客さん!」といった意味で使っていたのが、いつのまにか「オカチマチ=good」というようにスークのなかで意味が変わっていった可能性もある。異なった文化を持つ集団同士が接触した結果、一方の文化に変化が生じることを文化変容というが、言葉の意味自体も常に変容していくものなのだ。その意味では「オカチマチ」はもはや日本語ではなく、ゴールドスークオリジナルの言語といえる。
世界中のいたるところに「オカチマチ」と同じような、日本語であって日本語でない言葉が存在しているのだと思うと不思議な気持ちになるが、軽い気持ちのイタズラが思わぬかたちで定着してしまうこともあるわけで、イタズラでデタラメ言葉を教えるのはやめたほうがよさそうだ。
【スークへのアクセス】
ドバイ・メトロ Green Line「Al Ras Station」から徒歩5分
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