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ゆずの新曲が“ネトウヨ化”と物議。「靖国、国歌、国旗」はネタか本気か

青年の主張+ほんわかフォーク

 それよりも、「ガイコクジンノトモダチ」の退屈さを指摘しておくべきだろう。言葉と音楽のベクトルが無神経なほどに一致してしまっているからだ。 「自分が大切だと思うことは、ちゃんと伝えたくて」という青年の主張そのままの歌詞と、ほんわか泣き笑いさせるフォークサウンド。お涙頂戴の感動ストーリーと大げさなオーケストレーションという組み合わせの「栄光の架橋」同様、ここには詞と曲の間でツッコミを入れあう関係性が欠けているのだ。  ゆえに楽曲の中で健全な軋轢(あつれき)が生じず、北川悠仁の熱い思いが一方通行するのみ。  北川はインタビューで、こう語っている。 「こういう曲調にすることで和みながら聴けるだろうし、聴き進めるうちに“あれ?”という感じで考える気持ちになってくれたらいいなと思いますね」 「この曲調自体がそれを許してくれるというか」 (『Talking Rock!』2018年5月号)  そこで、同じく愛国心をテーマにしたランディ・ニューマン(74・※)の「Follow The Flag」という曲から考えてみたい。自分自身よりも大きな存在に身を委ね、死ぬまで国旗に忠誠を誓う主人公を皮肉る歌詞だ。
ランディ・ニューマン

映画音楽で何度もアカデミー賞にノミネート&受賞しているランディ・ニューマン。写真は2011年『トイ・ストーリー3』で受賞したとき (C)Sbukley

 ※ランディ・ニューマン=『トイ・ストーリー』などの映画音楽で知られ、現代アメリカで最高のソングライターと言われる  ニューマンはそれを国歌のような正しく美しいメロディに乗せて歌いあげるのだ。高揚した歌詞の主人公にわざと寄り添う音楽が、歌詞の批評性を際立たせるのである。  こうした対立関係を端的に表現してみせることこそが政治的な姿勢なのであって、「国旗はタンスの奥に」だとか「靖国の桜」だとかのワードでスタンドプレーを狙うことは児戯とすら呼べない。右翼だとか左翼だとか以前の問題なのである。<文/音楽批評・石黒隆之>
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