大相撲暴力事件で「格闘技の指導に暴力は必要?」の疑問 プロが回答
やはり暴力と格闘技は切り離せないものなのか──。貴ノ岩(千賀ノ浦部屋)が、忘れ物をした付け人にビンタをしたことで引退に追い込まれた。昨年、日馬富士(伊勢ヶ濱部屋)の暴行事件ではリモコンで殴られた被害者だった貴ノ岩が、今度は一転して加害者に。“暴力の連鎖”という面でも暗澹たる気分にさせられる一件だ。
しかし、一方では別の見方もある。連日、土俵の上で力士が展開しているのは本気のシバキ合いだ。新体操の選手などならいざ知らず、血まみれになって争うファイターが少々はたいたくらいで引退という処分は厳しすぎるのではないか? そもそも暴力自体がNGというなら、格闘技の練習など成立しないのではないか?
これらの声に対して「NO!」と異を唱えるのは、元修斗世界フェザー級王者で現役プロレスラーの勝村周一朗氏である。マット界きっての理論派として知られる勝村氏は、自身のジム「リバーサルジム横浜グランドスラム」でプロ選手や一般会員に寄り添った指導を展開。児童養護施設の職員として働きつつ、子供たちにレスリングを教えていたことから、「リアルタイガーマスク」と呼ばれることもある。
「暴力で押さえつけるなんて教育でも指導でもない。まったくもって論外です。そして残念なことに、これは格闘技に限った話ではないんですね。野球やサッカーも含めて、日本のスポーツ界全体に蔓延している悪しき習慣なんです。僕がやりきれない気分になるのは、被害に遭った選手に“逃げ場”がないということ。たとえば会社でハラスメントに遭ったら他の企業に転職できるかもしれないけど、学校の野球部や相撲部屋だったらどうなるか? その競技を諦めるか、最悪、学校を辞める羽目になる」
勝村氏の主張は明快だ。暴力は絶対悪という立場である。自身も指導にあたるうえで教え子に暴力をふるったことは1回もないし、これからも絶対ありえないと断言する。だが、話はここから少し込み入ってくる。
「とはいうものの、根性論的なアプローチは必要だと僕は考えています。ここは大きなポイントになりますが、暴力的な指導と根性論的な練習は別物ですからね。たとえば階段ダッシュを100本やったところで、そこでつく筋肉は格闘技の競技的側面からいうとほとんど活かされないでしょう。じゃあまったく意味がないかというと、そんなこともない。“俺はこれだけの練習をやってきたんだ”という自信が、試合に向けて大きなプラスになるからです。本気で自分のことを仕留めにかかってくる相手と向き合う恐怖心って、ハンパじゃないんですよ。普通、殺されると思ってビビりますから。その恐怖に打ち克つためには、何かしら“心の支え”が必要になるんです」
受験生が本番の入試に臨む際、何度も読み返した自分のノートやインクが空になったボールペンを会場に持っていくと心が落ち着く──。勝村氏は知り合いの予備校講師からその話を聞き、格闘技の試合とまったく同じだと感じたという。となると、問題は「どこまでの追い込みが許されるか?」というボーダーラインなのかもしれない。たとえば昭和の根性論的な練習に見られた「線香を腕に押し付ける」行為はナンセンス。同様に「猛暑の中、エアコンを切って練習する」というのも、たとえ本人の自信に繋がったとしてもデメリットのほうが大きい。では、練習ではどこまでガチで殴り合うべきなのか?
「いくら練習を重ねたところで、実際の試合というのは別物。いざゴングが鳴らされて相手のパンチを喰らうと、ものすごく痛くてビックリするものなんです。そのまま気持ちがテンパってしまい、本来の実力が出せなくなることも多い。だから普段の練習から殴られることは大事なんですね。腹なんかは鍛える意味も含めて、ガンガン殴られたほうがいいでしょう」
ただ、これも行き過ぎると相撲部屋でいう“かわいがり(=いじめ)”になってしまう。そこで重要になるのが、止めるタイミングなのだという。勝村氏のジムでは、相手が無防備になって意識が飛びかけていたり、ディフェンス能力がなくなってきたら即ストップさせる。頭部に関しては止めるタイミングはもっと早い。よりダメージが残りやすいし、選手生命に支障をきたす恐れもある。下手したら社会生活を営めなくなる危険性もあるからだ。
「経験豊富なベテランはマススパー(通常の打撃系スパーリングとは異なり、相手に触る程度で止める)でも勝手はわかるでしょうが、若手選手の場合はある程度のガチスパーも必要。それから試合が近づいてきたら、頭部を守るヘッドギアを外しての練習もしたほうがいい。なぜならヘッドギアを装着するのとしないのとでは、技術体系が変わってくるからです。もっともヘッドギアに関しては、脳が揺れるからかえって危険という意見も最近は出てきているのですが……」
格闘技の練習自体が暴力では……?
根性論的なアプローチは必要
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出版社勤務を経て、フリーのライター/編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆をおこなう。芸能を中心に、貧困や社会問題などの取材も得意としている。著書に『韓流エンタメ日本侵攻戦略』(扶桑社新書)、『アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実』(竹書房)。
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