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まもなく40歳、元日本代表の稲本潤一が「J3」で現役にこだわる理由

稲本潤一 ’99年のワールドユース準優勝に始まり、’00年シドニー五輪ベスト8。W杯にも3度出場し、’02年日韓W杯では2ゴールを挙げて一躍時の人に――。’79年生まれの稲本潤一はタレント揃いの“黄金世代”のなかでも主役の一人として長く日本サッカー界の先頭を走ってきた。  そんな稲本もプロ22年目の昨季は、J1北海道コンサドーレ札幌でリーグ戦2試合の出場にとどまった。すでに引退した同世代の仲間も少なくないが、「まだやれる」と今季は出場機会を欲し、J3のSC相模原に新天地を求めた。かつて自らのゴールで日本中を沸かせた男は、なぜそこまで現役にこだわるのか。

J3を新天地に選んだ黄金世代(ゴールデンエイジ)の胸中

――今年40歳を迎えます。まず、カテゴリーを下げてまで現役続行を決めた理由を聞かせてください。 稲本:辞める選択はいつでもできるので。むしろ辞めたほうが仕事はたくさんあるかもしれない(笑)。ただ、現役でやれる時間は限られていますし、それができるチャンスがあるのであれば、やり続けたいなという気持ちが強かったです。ケガや病気で続けられないなら仕方ないですが、まだやれるのに辞めるのだけは嫌だった。それに、カテゴリーに関係なくピッチに立つのは楽しい。引退しても草サッカーとかはできるかもしれないですが、やっぱりJリーグという真剣勝負の場で、生活懸けてやるほうが絶対に面白いですから。 ――SC相模原の印象はどうですか。これまでと環境面の違いもあると思いますが。 稲本:当然違いますよ、高校時代を思い出すというか。そこは日本で3番目のリーグですし、しょうがない部分もあるのかなと思います。練習場は決まった場所がなく、クラブハウスもない。練習場のシャワーは、去年まで水しか出なかったらしいですが、能活さんが引退するときに市長にお願いしてくれたことで、ようやくお湯が出るようになりました。あと、外で着替えをしなければいけなかったり……。ただ、それはそれで楽しんでいたりする自分もいます。もちろん、これを当たり前と思ってしまえば向上心がなくなってしまうので、満足してはいけないと思いますけど。
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涼しい北海道から移籍。「夏の暑さが怖い」
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