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ピエール瀧判決で裁判官の“人生”説諭にファン感涙「裁判官も古参ファン!?」

「人生」という言葉に溢れる、瀧と卓球の絆


 バンド「人生(ZIN-SÄY!)」は石野卓球が高校2年だった1985年、地元静岡で結成された。それから間もなく、友達として卓球の家に入り浸っていた瀧がメンバーとして加わる。その後バンドは様々な編成を経て1989年に解散。一度はプロとして音楽をやることを諦めかけていた卓球だが、メンバーとして瀧に声をかけ、電気グルーヴとしての活動が始まった。 「電気グルーヴを始めるとき、卓球さんの知人が『なんで楽器のできない瀧をメンバーに誘ったの?』って聞いたそうです。その時卓球さんは『なんか分かんないけど、一番はじめにそう思ったんだよね』って答えた。楽器が演奏できるかどうかではなく、瀧さんという存在が自身の活動には欠かせないものだったんでしょう」(Iさん)
シングル人生

演歌歌手・瀧勝としてのシングル「人生」もある(1991年)

 以降、電気グルーヴでの活動に至るまでメンバーは様々な変遷を辿ったが、瀧と卓球は二人三脚でその道のりを歩んできた。『人生』という言葉には二人の30年以上にわたる付き合いが集約されているのだ。
 判決の終了後、ファンが今回の説諭に関してツイートすると、石野卓球は「人生ってバンド名考えたの俺だかんな。よって、偉いのは俺、裁判官、瀧元死刑囚の順な。」と返信。今回の判決を経て、瀧と卓球の人生は再び動き出す。判決早々、損害賠償請求などネガティブな話題も尽きないが、まずは療養に専念して、再びファンの前に元気な姿で戻ってくれることを願いたい。 <文/日刊SPA!取材班>
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