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最後のポケベルユーザーを直撃。なぜ今も使っているのか?

ポケベルとともに歩んだ30年

――初めてポケベルを持ったのはいつごろだったんですか? 藤倉:30年くらい前ですね。私の母が父に持たせてて、その延長で持ってましたね。その当時はまだ文字とかは出ずに鳴るだけでしたけどね。 ――利用者の減少を実感したのはいつごろですか? 藤倉:実感したのはPHSが出て来た頃ですね。 ――90年代の終わり頃にあたりますかね。 藤倉:そうですね。PHSにはPメールっている機能があって、あれは相互に送受信できますよね。圧倒的ですよ。ポケベルは受信しかできませんから。 ――藤倉さんにはポケベルが必要かもしれませんが、社会には必要だと思いますか?
請求書

直近の請求書。確かに月2500円は高い気がする

藤倉:いらないんじゃないですかね。だってこれ、直近の請求書なんですけど、単なる受信機なのに月々2500円もかかるんですよ(笑)。この追加の100円ってのが文字を打つためのサービスなんですけど、100円で9文字しか打てないんですから(笑)。

ポケベルとの思い出は、やはり「出会い」だった

――ここ数年はお母様専用とのことですが、全盛期はどんな使い方だったんですか? 藤倉:1990年代後半くらいに文字が出るやつに変えたんですけど、それで結構「楽しみ」ましたよ。これ、内容的にテレビでも話してなくて、大丈夫ですかね?(笑) ――もちろんです(笑)。「楽しんだ」というと? 藤倉:簡単に言いますと、出会いのために使いましたね。私がやってたのは、というか、結構やってる人も多かったと思いますが、闇雲な番号のポケベルにメッセージを打つんですよ。そこからメッセージのやりとりして会ったり。闇雲に打っても相手は8割くらい女性でしたね。 ――まだ出会い系やSNSが出てくる前ですからね。いつの時代も男は、手元にあるツールで頑張りますね(笑)
ポケベル

藤倉さんのポケベル。自分と似た番号宛にメッセージを打っていたそうだ

藤倉:30歳になったくらいの時に、自分に似た番号に適当にポケベルを打ったら、たまたま自分が通ってたのと同じ大学の子に当たったんですね。これは僕の経験からの予測なんですけど、最初の4桁が地域ごとに割り振られてたんじゃないかと思うんですね。というのも、自分の番号に似たところにかけるとだいたい近所の人が捕まるんですよ。それで、その大学の後輩とはよく会ってって遊んだりもしましたし。 ――それまでは手紙でも電話でも、家族のいる家に届くものだったのが、ポケべルは個人に直接アプローチできますもんね。今では事件の匂いしかしませんけどね(笑) 藤倉:でも当時は結構みんな会ってましたね。僕もその大学の後輩とポケベルを通じて知り合って、初めて会ったのは多摩センターの公園だったのを思い出しますね~。  時代とともにコミュニケーションの方法も変わる。平成前半のコミュニケーションの主役だったポケベル。その最後を見届けた気がした。<取材・文/Mr.tsubaking>
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。
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