『孤独のグルメ』原作者・久住昌之のグルメエッセイ『途中めし』――知らなかった県・佐賀を知っていくフシギな途中
興味なかったものに興味が湧く。 佐賀から、切り絵との出会いの思い出が甦った。
その代表が、切り絵だ。 これは、ボクが20歳の時、母が三鷹市のカルチャースクールで、切り絵教室に通ったことがきっかけだ。 日中友好協会が絡んでいた教室で、だから、切り絵は中国式。 切り絵をやっている、というと、ハサミで紙を回しながら切る真似をする人がいる。 たしかにそういう落語家はいた。あれは寄席の芸の一つで「紙切り」という。 でも母の習っていたのは、それと違う。 剪紙という専用の紙を、デザインカッターで切る。 下絵がコピーされた紙を、黒い剪紙と重ね、ホチキスで留める。 それを、机の上の柔らかいラバーの下敷きに載せ、下絵に沿って、剪紙ごとカッターで切る。 切り終えると、下絵をどけると、黒い剪紙の切り絵ができている。それを台紙に貼って、完成。 ハタチのボクは、最初そんな切り絵をダサイものと決めつけていた。 切り絵は、民芸品だと思っていた。 ロックやジャズを聴いて、新しいものを追いかけ、カッコつけてる若者は、民芸調を嫌う。 木彫のリスとか。箪笥の上のこけしとか。ミニ提灯とか、吹きガラスの青い風鈴とか。和紙の手まり柄ティッシュケースとか。水車小屋の鉛筆削りとか。「根性」と掘ってあるデカイ将棋の駒とか。 民芸調は、ロックの敵だった。 実家には、敵がいっぱいだった。台所のたま暖簾も敵。押入れの襖の柄も敵。サークル蛍光灯の四角い傘も敵。そのスイッチの紐も敵。座布団も、その四隅の糸のフサフサも敵!。お母さん敵をソファーに並べないで! 切り絵も、そんな敵の一味と見ていた。 だいたい切り絵作品は、麦畑の農民とか、藁葺き屋根の古民家とか、石畳をゆく学生服の少年とか、五重の塔とか、そういうモチーフが多い。 母が切っていた下絵も、そんな感じの簡単なものだった。よく見てないけど。 ちょっと、暗い。古臭い。どこか、貧乏臭い。オシャレじゃない。ぜんぜん、ロックじゃない。 ところが、忌み嫌っているものを作る道具が、すぐそばにずっとあると、ふと、 「ダサくない切り絵って、できるのかな?」 という疑問が湧いたのだ。 ロックな切り絵は無理として、せめて「ポップな切り絵」はありえるか? その時、中学時代、外国映画のスチール写真を、トレースして、マジックで中間色のない黒と白だけに分けたりしたのを思い出した。 それは、カードケース型の下敷きに入れるために描いた。カッコイイと思ったのだ。ダサイ。幼稚。 だがあれは、うまくやれば、民芸調じゃない切り絵にできるのではないか? と思って、母親の道具を使って、作った切り絵が今も残っている。 こんなものだ。 それは思いのほか、いい感じにできて、自分でもちょっと驚いた。 自分の絵を超えてるというか、自分の絵が、誰か職人の手によって、もうひとつ手を入れられたような。 これは、民芸調では、ない。 しかも、マジックで描いたより、ずっとシャープで、我ながら、「プロっぽく」見えた。 それで、ジャズメンも切ってみた。そしたら、これがまた妙にジャズっぽい。 そんなものを、大学生の暇にまかせて、いくつか作っていたら、日中友好協会で切り絵コンクールがあると、母が教えてくれた。 それで、日本のジャズメンの渡辺貞夫を切って、応募した。 展覧会なので、写真をトレスしないで、似顔絵をマジックで描いて下描きにした。 ナベサダは、ジャズにとらわれずアフリカンミュージックをやって、一般にも人気が出ていた。 そしたら、佳作入選した。これだ。 後日、「画集きりえのあゆみ」(日中友好協会きりえ委員会編)という切り絵集が送られて来た。 ボクのナベサダも載っている。 しかし、他の作品の99%は民芸調で、ボクのだけ浮いていた。 でも、若者としては、浮いてるのが嬉しかった。 佳作でも、テクニックはなくても、細かくなくても、目立っていた。 ロックだ。大人社会の常識に、若いひらめき一発で、反抗してる。 とは、当時は思わなかたけど。 でも、ダサイと決めつけてたものに、別の光を当ててみたら、思わぬものが生まれた。 そこは、まだ誰も踏み入れていないかもしれない、手付かずの世界に思えた。 一旦そうなると、映画スターじゃなくても、ジャズミュージシャンじゃなくても、ポップな切り絵にできることが可能だとわかった。 切り絵に対する考え方が、まったく変わった。 今まで考えたこともなかった世界を、自分でカッターを持って、(文字通り)切り開いていった。 それから、仕事と関係なく、のんびり、ずっと切り絵を切ってきた。 そして今、あるPR誌の表紙に、毎月切り絵を切っている。それが90回を超えた。もう7年半になるのか。 初めて切り絵を切ってから、40年がたっていた。 いつものように話が脱線して、どこまでもいってしまった。 とにかく、佐賀は、20歳の時、ダサイと決めつけていた切り絵に近い。 いや、佐賀は、ダサイとすら思っていなかった。見てもなかったんだから。 ところが、行ってみたら、何度も通ってみたら、驚くことばかりだ。 え、佐賀って、そうなの? えぇ、それも佐賀だったの? わ、佐賀、ヘン! その驚き、発見、笑い、おいしい、気持ちいい、楽しい、なんで?という疑問、がボクの新しい仕事になりかけている。 ボクの前には、狭い佐賀の、広大な未開の地が広がっている。 ボクは、佐賀から、切り絵のような何かを、作り出せるのか? ま、先は急がないボクだ。楽しみながら、ボチボチ行こう。【今回紹介したお店】
佐賀 雑穀
03-3464-8416
営業時間:月~金17:00~24:00 土・祝日17:00~23:00
定休日:日曜日
●第2巻の第1話を無料公開中
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