仕事

42歳日雇い男のホームレス生活「飲食イベントの残り物を食べていた」

ひたすらご飯を炊く仕事

ご飯

※画像はイメージです(以下同)

 会場は東京湾に近い広場である。ハンバーグやかき氷、タピオカなどのさまざまなブースが出されており、派遣先の会社はそのうちの数店舗を運営していた。僕が配属されたのはご飯のブースだった。  最初に社員がオペレーションを説明し、そのあとは僕を含めて3人の派遣だけで回していった。3台の業務用ガス炊飯器で次々とご飯を炊いていき、発泡スチロールのどんぶりによそって販売する。なんの変哲もないふつうのご飯である。が、このフードイベントでは他にご飯ものを出すブースがなかったため、飛ぶように売れた。営業時間中はほとんど常に長い行列ができていた。  スタッフは全員がその日はじめての派遣だったので上下関係がなく、目のまわるような忙しさでありながら、まるで学園祭の模擬店でもやっているかのように和気藹々とした雰囲気だった。3日目にもなると、みんなそれなりに仕事にも慣れてきてスムーズにブースを回せるようになっていた。  営業終了の数時間前からは客の流れを読んで炊く量を調節していく。その日炊いて残った分は廃棄になってしまう。ある程度は仕方ないにしてもあまり大量には廃棄にならないようにしたかった。  その日は営業終了の2時間くらい前に行列が途絶えた。 「どうする? まだ炊く?」  スタッフの女の子が聞いた。 「いや、いいよ。今日はもうお客さん来ないでしょ」  僕はそう答えた。しかし、その予測は完全に外れてしまった。そこからドッと客が押し寄せ、再び長い行列ができたのである。慌てて追加でご飯を炊くのだが間に合わず、やがて底を突いてしまう。僕は並んでいる客に言った。 「ごめんなさい。もうご飯がなくて……」 「あとどのくらいで炊ける?」 「20分くらい……」  そう言えば諦めてくれるだろうと思った。が、客はこう答える。 「じゃあ、待つよ」  僕は炊飯器の前に戻って確認窓の中の青い火をじっと睨みつけた。しばらくしてレバーがカチッと上がってその火が消える。しかし、これで終わりではない。ここからタイマーをセットして15分むらさなくてはならないのだ。  ブースの外にちらと目を向けた。行列はさらに長くなっている。それが僕にじわじわとプレッシャーを与えてくる。 「もういい。むらしの時間は省略して出しちゃおう」  僕がそう言って炊飯器の蓋を開けようとすると、スタッフの女の子に止められる。 「ダメだよ。ご飯はむらしが大切なんだから」  辛抱強く待つしかなかった。ピピピッ。ようやくタイマーが鳴った。すぐに蓋を開けてご飯をほぐし、次々とどんぶりによそっていった。そして、終盤で苦戦しながらもなんとか無事にその日の営業を終えることができた。

イベントで余ったご飯のおかずをゲット

 みんなでブースの後片付けをしながら、僕は残ったご飯をどんぶりによそっていく。それを何杯もトレイに乗せて他のブースを回っていった。 「ご飯余ってしまったんですけど、どうですか?」  多くは「いえ、大丈夫です」と返されるのだが、中には「ありがとうございます!」と喜んで受け取ってくれるところもあった。ひととおり回ってから自分のブースに戻り、後片付けを再開した。しばらくして、そこにひとりの女の子がやって来た。 「さっきはご飯ありがとうございました。よろしければ、これをどうぞ」  そう言って彼女が差し出してきたのは紙皿に盛られた数個のハンバーグである。計算どおりだった。「海老で鯛を釣る」とは正にこのこと。イベント期間中はいつもこのやり方で美味しい食事にありつくことができた。  後片付けも終わり、スタッフたちと駅まで歩いた。彼らとは一回り以上も年が離れていた。が、上下関係のない職場でいっしょに働いたことでそんなことはまったく気にならないほど仲良くなっていた。駅の近くまで来たところで僕はふいに足を止めて言った。 「あ、やばい。忘れ物した」 「待ってようか?」 「いや、いいよ。先に帰ってて」 「わかった。じゃ、また明日」
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「忘れ物」は嘘だった
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バイオレンスものや歴史ものの小説を書いてます。詳しくはTwitterのアカウント@kobayashiteijiで。趣味でYouTuberもやってます。YouTubeチャンネル「ていじの世界散歩」。100均グッズ研究家。

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