仕事

僕がネットカフェ難民になるまで。心を病む仕事を捨て、自由を求めた代償は…

 定まった住居をもたず、ネットカフェで生活する「ネットカフェ難民」と呼ばれる人々。社会問題にもなっており、都内で約4000人ほど存在するというが、僕もかつてそのうちのひとりだった
小林ていじ

現在42歳、日雇い派遣の仕事などで生活する筆者・小林ていじ。かつてネットカフェ難民だったことがある(撮影/藤井厚年)

 ネットカフェ難民になる前は都内の二階建て一軒家を改装したシェアハウスに住み、それなりにまともな生活を送っていた。フリーライターとしてそこそこの収入は得られていたのである。たまの贅沢で銀座の回らない寿司を食べられるくらいの経済的余裕もあった。が、そんな生活もすぐに転落していくことになった。

アフィリエイトの仕事で心を病む

 その頃によく受注していた案件は、アフィリエイトサイトの執筆である。サイトでさまざまな商品を紹介する文章を僕が書き、クライアントはそれによって広告収入を得る。たとえば、育毛剤の紹介では「薄毛を放置すると大変なことになる!」と極度に不安を煽るようなことを書き、「でもこれを使えばもう安心!」と自分では一度も触れたことすらない育毛剤をゴリ押しする。  そこそこ良い原稿料をもらっており、そのクライアントは僕のメインの収入源になっていた。が、心は詐欺の片棒を担いでいるかのような罪悪感と惨めさに打ちひしがれていた。そして、そんな心の中で二つの人格がいつも喧嘩を繰り広げていた。 「こんなくだらない文章を書くのはもうやめろよ。こんなことを書くためにライターをやっているわけじゃないだろ!」 「こんな仕事でも受けていかなきゃ食べていけないんだよ。子どもじゃないんだからそれくらいわかれよ!」 「そんなこと言ったって嫌なものは嫌なんだよ!」 「じゃあ、どうすればいいんだよ。この仕事を断って野垂れ死ねってのか?」  本当におかしくなってしまいそうだった。が、クライアントは僕のそんな心情など知る由もなく、立て続けにこの類の案件ばかり発注してくる。同じくフリーライターをしている知人に会ったときに相談した。 「もうこんなのはやってられない……」  自分の苦しい胸中を打ち明けた。慰めの言葉がほしいだけだった。が、その知人から返ってきた言葉は僕を冷たく突き放すものだった。 「自分の書きたいことではなく、書けと言われたことを書くのがプロのライターだ。それを嫌だというのはプロ失格だよ」  やっぱりそうなのか……。心をさらに沈ませてシェアハウスの四畳半の部屋に帰り、ベッドに寝転がった。しばらくして部屋の襖がドンドンと雑にノックされた。 「おい、いるんだろ? リビングでいっしょに飲もうよ」  同じシェアハウスの住人からの飲みの誘い。このシェアハウスではほとんど毎晩のように共同のリビングで飲み会が開かれていた。しかし、そのときの僕はとても飲んで騒ぐような気分ではなかった。 「おーい」  襖がしつこくノックされる。僕は息を潜めて居留守を使った。やがて襖の向こう側から住人の気配は消えた。  そもそも僕はどうしてライターの仕事を始めたんだろう……。過去に遡って考えてみた。今ではもう廃刊になってしまったのだが、はじめて記事を書いた雑誌はかなり書き手の自由に書かせてくれるところだった。そこで自分の思いの丈を文章で表現することが楽しかった。ただそれだけだった。  リビングから住人たちの笑い声が聞こえる。開放した窓からは春の夕暮れの爽やかな風が吹き込み、窓枠に吊るした風鈴をチリンと小さく鳴らした。
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ネットカフェ生活の始まり
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