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ストレスフルの心に響く「名僧たちが残した言葉」一休さんはなんと言った?

 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。感染への恐怖やこの先の生活への不安が心に積もっていく日々だ。さらには、感染拡大防止のための外出自粛で、ストレス発散の術も限られていては、気持ちが次第に沈んでいくのも仕方ないもの。
ストレス

写真はイメージです(以下同じ)

 そこで、せめてもの縁(よすが)として1500年もの歴史をもつ日本仏教の中から「今だからこそ心にしみる、名僧の言葉」を紹介したい。

毒箭(どくぜん)を抜かずして、虚しく来処(らいしょ)を問う

 これは、真言宗の開祖である空海の言葉。弘法大師という名で覚えている人も多いだろう。空海は遣唐使として海を渡り、20年はかかるとされる密教の奥義を、たった2年で授かるほど天才的だったとされている。そんな空海が残したこの言葉は、現代語訳すると「毒矢が刺さっているのに抜いて手当もしないで、誰がそれを放ったのか犯人探しをする」という意味になる。  現在、恐怖や不安で心が惑っている人も多いことだろう。それでも「落ち着いて大事なことの優先順位を見極めよう」と、空海は語っているのだ。

明日ありと思う心の仇桜(あだざくら)、夜半(よわ)に嵐のふかぬものかは

 日本でもっとも多い宗派、浄土真宗の宗祖である親鸞の言葉。  9歳で仏門に入る決心した親鸞は、僧侶になるためにお寺を訪ねるが、夜だったこともあって「明日の朝になったら得度式(僧侶になるための儀式)をしましょう」と言われてしまう。これはその時に詠んだ歌で「美しく咲いている桜を明日も見られるだろうと安心していると、夜中に嵐がやってきて散ってしまうかもしれない」という意味になる。つまり「一瞬先に何があるかはわからない。だからこそ、今を精一杯大切にしたい」という思いが込められている。  知人が新型コロナに感染したり、誰もが知っている有名人が突然亡くなったりするのを目の当たりにしている昨今。親鸞のこの言葉が、改めて心に染みてくる。

一服すれば肩の力も抜ける

 その精神が「ZEN」として、世界的に流行している禅文化。日本の禅宗のひとつである臨済宗を開いた栄西の言葉。栄西は、禅を学びに中国へ渡っているが、その際に中国伝統の茶の作法を併せて学んだ。すでに当時、日本には茶の文化は存在していたが、貴族ら上流階級だけのもの。それを一般に広め「日本のお茶の祖」とも呼ばれるのが栄西だ。  緊急事態が続いて力んでいる心と体、一服して休めるのも必要なのかもしれない。
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人間、死ぬのを待つばかり
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