仕事

コンビニ店員を“奴隷”と勘違い。僕は心の中で「ふざけるな」を3回連呼した

ウォークイン冷蔵庫の中で声にならない叫びをあげる

コンビニ 僕の立つレジに次のお客さんがやってきた。さっきの件は他のお客さんにはまったく関係がない。僕の怒りは少しも収まっていなかったが、なるべくいつもどおりにレジ打ちをするよう努めた。 「いらっしゃいませ。ポ、ポ、ポイントカードはお持ちですか?」  しかし、どうしても声が震えてしまう。もっとひどかったのは手だった。その矛先を失った暴力への衝動がまるで水圧で暴れるホースのように僕の両手をぶるぶると震えさせる。これを止めるためにレジカウンターの淵を両手でぎゅっと掴んだ。が、そこから少しでも手を離すと、またすぐに震えが出てしまう。  その光景は傍から見たらアル中の禁断症状のようだったかもしれない。その様子を見かねてか、店長が僕にこう言ってきた。 「小林さん、レジはもういいからウォークの補充をお願い」  ウォークとはウォークイン冷蔵庫のことである。在庫のドリンクが保管してあり、商品棚と繋がっているのでそこから直接ドリンクの補充もできるようになっている。  防寒コートを着てその中に入ると、四つん這いになって床に敷かれたパレットにガリガリと爪を立てた。そして、ほとんど声に出すことなく叫んだ。  ぶち殺すぞ、この野郎!  僕は、妄想の中でさっきの客の顔面を思い切り殴りつけた。

ドリンクを補充しながら思った

 だが、それでもまだ怒りは収まらなかった。僕はなにに対してそんなに怒っているのだろう? 自分の心に深くダイブしてみた。やがてその底のほうからまた別の叫びが聞こえてきた。  いったい、いつになったら日の目を見られるんだ!  そこにあったのは自分自身の人生に対する怒りだった。おそらくはずっと前から蓄積されていた感情。しかし、それを直視して感じるのはあまりにも惨めで、痛々しくて、ずっと見て見ぬ振りをして心の奥底に押しやっていたのである。この際なのですべて吐き出してやることにした。  ふざけるな、バカ野郎! いったいいつまでこんなクソみたいな生活を続ければいいんだ。いいかげんにしろ。もううんざりなんだよ。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……。  ウォークイン冷蔵庫の中で声にならない叫びをあげ続けた。すると、徐々に心が軽くなっていくのを感じた。いつしか両手の震えも収まっていた。顔を上げると、天井に取り付けられた空調がブォーンと音を立ててファンを回し、冷気を吐き出し続けていた。気のせいか、まるで靄が晴れたかのように視覚と聴覚もクリアになっていた。  在庫棚からペットボトル入りのミネラルウォーターを取って商品棚に補充した。そのペットボトルが店内の照明を受けてきらきらと煌めく。それをぼんやりと視界に捉えながら僕はこんなことを思った。  きっとこのマラソンにゴールなんて存在しない。ケージの中で飼われているハムスター用の回し車と同じで、どんなに必死に走ったところでどこにも行き着かない。こんな場所からはもうさっさとリタイアしたほうがいいんだ……。<文/小林ていじ>
バイオレンスものや歴史ものの小説を書いてます。詳しくはTwitterのアカウント@kobayashiteijiで。趣味でYouTuberもやってます。YouTubeチャンネル「ていじの世界散歩」。100均グッズ研究家。
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