仕事

コンビニ店員を“奴隷”と勘違い。僕は心の中で「ふざけるな」を3回連呼した

 人々の生活にとって身近な存在のコンビニ。“便利”とはいえ、店員は決して“奴隷”なんかではない。勤務していると、稀に勘違いしている客と遭遇することもある。普段は仕事として、平静を装いながらなんとか受け流す。だが、心の奥底では、どうしても許せないときだってあるのだ。

夢を追いながら働くコンビニ店員

小林ていじ

売れない小説を書きながら、普段は日雇い派遣の仕事などで糊口をしのぐ筆者・小林ていじ(撮影/藤井厚年)

 時間の融通が利きやすいコンビニのアルバイト。なかには、夢を追いながら働く人たちもいる。僕もそんな一人である。  普段、日雇い派遣の仕事をしているが、1日だけのコンビニバイトを探せるアプリを使って、ときおりコンビニのバイトをしていた。日雇い派遣だのバイトだのそんなものはやりたくないに決まっているが、ライフワークの小説の執筆がまったく収入になっていないので仕方がなかった。  そのアプリを利用してある一軒のコンビニにバイトに行ったときのこと。事務室で休憩していると、やや年配の気の良さそうな店長が話しかけてきた。 「小林さんはなにか目指してるものとかあるの?」 「え、目指してるもの?」 「うちにバイトに来る子はお笑いとかバンドとかやって夢を追ってるのが多いんだよ。だからもしかして小林さんもそうなのかなと思って」 「まあ、小説を書いてますけど……」 「小説か。本は出したの?」 「出したいですけどね、なかなかそんなチャンス掴めないですよ」 「昔うちでバイトしながらお笑いをやってた子がいるけど、彼は『エンタの神様』っていう番組に出演してたよ」 「それはすごいですね!」 「まあ、すぐに消えちゃったけどね……」  彼のような存在は世間から一発屋と呼ばれ、嘲笑の対象になるのだろう。しかし、僕からしたら羨ましさしかなかった。彼はほんの一時とはいえ華やかなスポットライトを浴びることができた。が、僕は今までずっと苦汁を飲まされるばかりで、ほんの一瞬たりともそんなものは浴びたことがなかったのだ。  それでも、ただ我武者羅に夢に向かって走り続けるしかなかった。まるでゴールがどこなのか知らされていないマラソンのようだが、たぶんあともう少し、きっとあともう少し……と何度も自分自身に強く言い聞かせる。そして猛犬をなだめるかのように、心の奥底に渦巻くドス黒い感情をなんとか落ち着かせる。  休憩を終えて仕事に戻った。入り口のチャイムが鳴ってお客さんの来店を知らせる。 「いらっしゃいませ」  僕は精一杯の笑みを顔に貼り付けて挨拶した。

コンビニ店員を“奴隷”と勘違いしている客

 また別のある日。懇意にしているコンビニの店長からアプリを通さずに直接LINEで仕事に呼ばれた。  その店ではすでに何度も働いたことがあったので、フライドチキンやコロッケなどのホットスナックの調理も任されていた。これらがいちばんよく売れるのは昼ピークのときである。朝のラッシュが落ち着いてきたところで昼ピークに備えてホットスナックの調理を開始した。  フライヤーの上に掛けられたバスケットに凍ったままのフライドチキンを並べてスイッチを押す。すると、フライドチキンはシュワシュワと泡を立たせながら170℃に熱された油の中にゆっくりと沈んでいく。  とてつもなく不快な出来事が起こったのは昼ピークを少し過ぎ、僕の作ったホットスナックもほとんど捌けた頃のことだった。  僕の立つレジにひとりのスーツ姿の男がやってきて、2個のおにぎりをポイと投げるようにしてレジカウンターに置いた。 「いらっしゃいませ。ポイントカードはお持ちですか?」 「ねえよ」 「袋に入れますか?」 「入れるに決まってんだろ。さっさとやれ、バカ。こっちは急いでんだよ」  たまに遭遇する、コンビニ店員を奴隷と勘違いしている人間のクズ。でも、大丈夫だ。この手の輩にはもう免疫ができている。僕はこの程度のことでいちいち腹を立てたりなんてしない……はずだった。 「おにぎりはふたつとも温めろよ」 「はい、かしこまりました」 「それとおしぼりも付けとけ」 「すみません。うちはおしぼり置いてないんですよ」  僕はそう言ってから後ろに振り向いてレンジにおにぎりを入れた。すると、その客は僕の背中に向かって執拗に罵声を浴びせはじめたのである。
サラリーマン

※画像はイメージです(以下同)

「なんだ、てめえ、おしぼり置いてねえのかよ。なんで置いてねえんだよ。他のコンビニは置いてるぞ。おい、聞いてるのか、バカ。他のコンビニは置いてるぞって言ってんだよ。聞こえねえのか。返事しろよ。おい、ボケ、コラ」  全身がカッと熱くなり、拳にぎゅんぎゅんと血が集まっていくのを感じた。が、そんな状態でもまだかろうじて理性が働く。ここで沸き上がってくる感情のままに体を動かしたら、僕は傷害罪で逮捕されてしまう。それだけはダメだ。我慢、我慢、我慢……。  チン。レンジが鳴った。僕はおにぎり2個をレジ袋に入れると、それをレジカウンターの上にポイと投げ捨てるようにして置いた。 「なんだ、てめえ、その態度!」  僕はその客の言葉になにも答えず、ただ顔を近づけて無言で睨みつける。すると、彼はチッと舌打ちしてこう言う。 「覚えとけよ。おまえみたいな奴、この店で働けなくしてやるからな」  そしておにぎりの入ったレジ袋を掴んで店を出ていった。入り口のチャイムが鳴り、そのあとにはまるで何事もなかったかのように呑気なBGMが流れる。僕はレジに立ったままふうッと大きく息を吐いた。 「小林さん、大丈夫?」  すぐ隣でレジを打っていた店長が訊いてきた。 「さっきの奴、覚えとけよだって。本部に僕のクレームを入れるつもりかもしれないですね」 「いいよ、そんなの気にしなくて。あいつの言動は私も見てたし、防犯カメラに音声もぜんぶ記録されてるから」
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声にならない叫び
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