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お一人様の長居客を歓迎できる大発明の料金体系 本の読める店の挑戦

オープン当初、メニューに値段はつけられていなかった

 そして2014年、東京・初台に「本を読める店」フヅクエがオープン。店側から敬遠されがちな、心ゆくまで読書をしたい人に向けたお店だった。驚くべきことに、当初、メニューには1つも値段をつけなかった。 「お客さんご自身で滞在した時間に値段をつけてもらうといった自己申告制を採用したんです。満足度というのはお客さんそれぞれに違いがあるはず。その時間に対してこちらからは値付けはできない。飲食代をもらうのではなくて、本を読む時間の対価としてお金をいただきたかった。その仕組み自体はいいところも反省点もありましたが、最初はとにかくお客さんが来なくて。みるみるお金は減っていき、一時は残りの資金が40万までに」  それでも徐々に噂を聞きつけた客が訪れるようになる。カフェや図書館など、本の読める場所は多いが、周囲の会話が気になったり、ノートパソコンのタイプ音が響いていたり。読書に没頭できる環境を求めている人は実は多かった。「映画を見るために映画館があるように、読書をするための場所があってもいいのではないか」と阿久津氏は話す。 「料金体系は試行錯誤を経て、現在の形に落ち着きました。席数と回転率は上げられない。そこでオーダーごとに席料が小さくなる料金体系を発明し、どのような注文でもざっくり2000円になるようにした。お客さんが『長居しすぎたから何か注文しなくては』と考える必要もないし、店側が『追加のご注文は?』と声かけることもありません」  たとえば、コーヒー1杯700円を注文すれば席料900円で計1600円。コーヒーを2杯注文すれば、席料は300円に下がり、計1700円となる。こうすることで一人あたりの粗利益を調整することができ、客とお店の双方が気兼ねしなくてすむ。(滞在時間が4時間を超えると1時間ごとに600円追加。)

店の約束事は、お客さんと一緒につくりあげる

 本の読める店として、フヅクエが何より大切にしているのは読書環境だ。お金を払って読書に専念したい人のために、さまざまな約束事がある。 「はじめパソコンは使えたのですが、自分の打つキーボードの音を気にせずに作業するのは、少し周囲への『敬意』が払われていないと思いました。パソコンを思う存分に打てる場所は、ほかに多くあります。だから訴求対象じゃない人の顔色までうかがって、読書をしたい人の満足度が下がってしまうのは違うのかなと。しかし、パソコン作業をしたい人に利用してもらえなくなれば売上は下がる。お店としての決断は難しい。だから、経営が好調で心に余裕のあるときに、こういう決断は思い切ってやってしまいますね(笑)」  そしてフヅクエのルールは、会話の禁止、写真撮影のシャッター音は2パシャリまで、ペン先を出すときはいたずらにカチカチしない、ペンは高い場所から手放さない、パソコンは検索だけなどと読書環境を守るために増えていき、現在の10ページを超す「案内書きとメニュー」となった。  ただし「この約束事がすべてではない」と阿久津氏は今後の展望を語る。 「店舗がある場所によって、来店されるお客さんはもちろん違います。その場所のお客さんが求めていることに対し、約束事は柔軟に変えていきたい。フヅクエの店舗が増えれば、そのなかの一つに子どもたちが自由にわいわい遊びながら、読書を愉しめる店舗があってもいいかなと考えたりもしています」  ありそうでなかった「本の読めるお店」。阿久津氏は「今後、ほかにも本の読める店が街中に増え、フヅクエが“普通”になってほしい」と話す。 <取材・文/平山あい(ブラインドファスト)> 【阿久津隆(あくつ・たかし)】 「fuzkue(フヅクエ)」店主。 慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、岡山県で3年間金融機関に勤務。退職後、岡山県でのカフェ経営を経て、2014年に初台にフヅクエをオープン。2020年4月、下北沢に2店舗目を出店する。7月には新刊『本の読める場所を求めて』(朝日出版社)を出版。
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